-部下も上司を育てる義務がある-
2014年9月26日'ひと'とITのコラム
今回は、前回に引き続きOJTがテーマです。新しいOJTの姿は、指導する側の人たちと新人が互いに学びあうという形です。つまり、『一方通行型』ではなく『双方向型』です。では、経験を積んだベテランが新人から学び得るものとは・・・。
前回のコラム(第8回)で、OJTの新しい姿に触れました。今回はこの新しいOJTについてもう少し書こうと思います。
新入社員について書いた第3回のコラムでは次のように結びました。
『毎年4月、企業の中で最先端の社会感覚を持つ人が出現します。新入社員です。企業の中でわからなかった社会感覚の"解決の種"を持っている人たちです。新入社員がまだ企業人として馴染んでしまう前に「人の入れ替えという側面の新陳代謝」だけではなく「企業文化や常識という蓄積価値の新陳代謝」のために働いてもらう・・・。 片方向の新入社員教育だけではなく新入社員から旧人も学ぶ機会と捉えた双方向の"学ぶ場と時間"として、旬が短い新入社員の価値を最大限活用しないともったいないのではないでしょうか。』ここで言いたかったのは、企業経営に求められる変化への対応を促すために、過去価値の蓄積(レガシーバリュー)である企業文化と、新入社員を介して得られる現在及び今後の社会の大きなうねりを融合させる「双方向の学び」が必要なのではないか、ということでした。これは前回(第8回)で書いた『多様性を認め多様性を新たな価値創出の源泉としなければならない時代、いかに多様性の層を厚くしていくのか? 従来にない斬新な価値を創出するためには、過去になかった「人間力」を糧にすることが必要です。』と根は通じています。
では『過去の経験を踏襲する"金太郎飴"前提ではなく、過去に無い/指導する側に無い「人間力」を育てる』新しいOJTは、どのように成立させれば良いのでしょうか?
まず必要なのは、新しいOJTに登場する人すべてが、育成の本質は知識や人間力の転移(トランスファー)が従来のような片方向ではなく双方向あるということを理解・納得することです。確立された価値創出プロセスをこなして経験の積み重ねで熟練しながら価値を高めていくスタイルであった時代は、経験の中に必要な知識・技術・知恵が組み込まれていたので、これをいかに若い人達に伝えていくか・・・片方向の転移前提でした。確立されたプロセスの旬はせいぜい数年という現在、プロセスそのものを変えなくてはなりません。常に"未知の解"を求める取り組みです。レガシーバリューからだけでは解決できません。感性や文化、慣習は、人が生まれ育った環境(地理的側面だけでなく時代的側面の掛け算)で育まれ、各人の個性として先天的に形成されることは第7回のコラムでも書きました。従って、若い人達が持つ人間力は過去に存在していない可能性があるということであり、指導する人達は自らの経験の中では修得してこなかったものです。この新しい感性を組織に取り込んで新しいプロセスを創造し革新的な価値につなげるために、指導する人は若い人から学ぶしかないということです。
このことから次ぎに必要となるのは、上が下から学ぶということに対する"偏見"を無くすことです。往々にして組織の中で、上司―部下の関係は「上」と「下」という言葉で表される通り、上司は何でも知っているから上司であり、部下に教えてもらうことはプライドを傷つける、という思いは多かれ少なかれあるのではないでしょうか。さらに部下からは自分が知っていること、特に自分にとっては当たり前のことを聞いてくる上司は、だんだん上司としての敬いが希薄になってくる、なんてこともあるのではないでしょうか。つまり"偏見"の種は上からも下からもあるので、指導する側だけの意識改革だけではなく、指導される側の意識をも変えていかなければなりません。
更に必要なことがあります。それは、それぞれが持つ"価値"を認識し合うこと。これが最も大切です。若い人は時代の進展で上司が修得し得なかった人間力や知識が価値でしょう。では、上司の価値は何でしょうか?それはビジネス領域での"経験"です。若い人が持ち得ない価値です。しかし、「経験がある」というだけではダメです。説明し切れないで「常識だ!」と言いがちです。自らの経験を「人間力としての価値」で説明できなければなりません。知識や技術、従来型のスキルなどが長けている、だけでは成立しない時代。それぞれの経験してきた領域で内容は異なりますが、恐らく知識や技術などをどのように活用すれば良いのかという洞察力や思考力、視点の深さや幅広さ、責任の持ち方やリスクヘッジ力などの要素なのではないでしょうか。それぞれの持つ価値を融合させることが知識社会に相応しい"組織力"の源泉であり、具体的な"場"で実践されることがこれからの時代に求められ人財を効果的に育成することにつながるのだと思います。
私はマネージャーとして立場が変わるときに、最初の挨拶で必ず「上長は部下を育てるのは当たり前だが、部下も上長を育てることが大切である」と言ってきました。この時は初めての子供が生まれた親は、子供と同じように「親ゼロ歳」という意味合いで、「育て方を子供から学ぶ」という観点でした。これからの時代、自分が持っていないものを学び、自分の価値と融合しながら部下を育てる、という観点での「部下も上長を育てる」新しいOJTが大切なんだと思うこの頃です。
技術士(電気・電子部門)
株式会社 日立アカデミー
主幹コーディネータ
一般社団法人 人材育成と教育サービス協議会(JAMOTE)理事
日立製作所でシステムエンジニアリングの経験を経て、2009年に日立インフォメーションアカデミー(現:日立アカデミー)に移る。企画本部長兼研究開発センタ長としてIT人財育成に関する業務に従事。2011年以降、主幹コーディネータとしてIT人財に求められる意識・スキル・コンピテンシーの変化を踏まえた「人財育成のための立体的施策」立案と、 組織・事業ビジョンの浸透、意識や意欲の醸成などの講演・研修の開発・実施を担当している。
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