ページの本文へ

Hitachi
お問い合わせお問い合わせ

株式会社 日立アカデミー

AIはノーベル賞を受賞したのだろうか?

- 今年の受賞が気づかせてくれたこと -

2024年12月10日'ひと'とITのコラム

ひととITのコラムAIはノーベル賞を受賞したのだろうか? 今年の受賞が気づかせてくれたこと


 今年のノーベル平和賞の発表で「日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)の平和賞受賞」が大きな話題となりました。マスコミなどでも事前に予測していなかったので、特に驚きと歓迎の声が挙がりました。唯一の被爆国の国民のひとりとして、その意義をしっかりと受け止めなければならないと思う機会となりました。

 今年のノーベル各賞の発表で、この平和賞に劣らず驚きを以て受け止められたのが、物理学賞と化学賞でした。共にAI関連であったことから 「ついに、ノーベル賞がAIを認めた!」的な論調が世界中を駆け巡り、特に、AI関連の研究者や技術者が"はしゃぐ"事態となりました。

 ちょうど10年前の12月に、『第12回 ITはノーベル賞を取れるのか? - ITは"科学"の領域に達するのだろうか ― 』 というコラムを書きました。赤崎勇氏、天野浩氏、中村修二氏の3名が「青色LEDの発明」でノーベル物理学賞を受賞した年です。この時は、AIではなくITを念頭に書いていますが、要点をまとめると次のようになります。

  • ・ コンピュータではなくITが受賞するならば、何賞なのだろうか?
  • ・ ITは「人類が大きな利用価値を得る」要素としてノーベル賞の資格は充分!
  • ・ ITはノーベル賞の各分野に匹敵する「情報科学」という新たな分野を確立しているから、現在のノーベル賞の分野区分には収まらない?
  • ・ 従来の物理学や化学などは、「科学→技術→利活用(価値創出)」の順番であるに対しITは「技術→利活用(価値創出)→科学(更なる価値創出)」という順番で到達してきた?
  • ・ IT人財は、技術者というカテゴリーだけでなく、サイエンティスト(科学者)のカテゴリーを融合しなければならないけれど、サイエンティストは物理や化学のように自然科学者であるのに対し、ITは自然現象を基としてはいないので、「お手本がない未知の領域」に取り組む"科学者"。
  • ・ 自然現象から学ばずに人類が創り上げた、ノーベル賞の枠にも収まりきれない要素がIT。



物理学賞と化学賞。改めて受賞理由を確認してみると・・・

 では、今年のノーベル賞、ITの"申し子"であるAIが受賞したと言えるのでしょうか?
本家本元であるノーベル財団のプレスリリースから一部を引用してみます。
まず物理学賞のプレスリリース(https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2024/press-release/)です。

『今年のノーベル物理学賞受賞者2名は、物理学のツールを使って、今日の強力な機械学習の基礎となる手法を開発しました。ジョン・ホップフィールドは、データ内の画像やその他のパターンを保存して再構築できる連想メモリを作成しました。ジェフリー・ヒントンは、データ内の特性を自律的に見つけ、画像内の特定の要素を識別するなどのタスクを実行できる手法を発明しました。2氏はAIの根幹とも言える「人工ニューラルネットワーク」(神経回路網)の基礎を築きました。人工ニューラルネットワークはコンピュータ上で人間の脳神経の働きを模して意思決定をするモデル。AIに膨大なデータを学習させてパターンや規則性を見つける機械学習やディープラーニングにつなげました。』



 次に化学賞のプレスリリース(https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2024/press-release/)です。

『2024年のノーベル化学賞は、生命の巧妙な化学ツールであるタンパク質に関するものです。デビッド・ベイカーは、まったく新しい種類のタンパク質を構築するというほぼ不可能と思われる偉業を成し遂げました。デミス・ハサビスとジョン・ジャンパーは、タンパク質の複雑な構造を予測するという50年来の問題を解決するAIモデルを開発しました。これらの発見は、非常に大きな可能性を秘めています。』

 ノーベル財団のプレスリリースによれば、物理学賞は機械学習やディープラーニングへの進化・深化を加速的に深化させた「人工ニューラルネットワーク」に対する評価の結果であり、化学賞はタンパク質の複雑な構造を予測することが可能となったことへの評価とそれぞれ読み取れ、両賞ともAIが直接受賞対象ではないことが見えてきます。ただし、双方ともAIの存在を前提としていることは間違いありません。この辺が、巷で多くの人が"はしゃぐ"ことにつながったのでしょう。




AIの役割は

 さて、今回のノーベル賞の"評価"をどう捉えるか? そこからAIの役割(期待)が見えてくるようにも感じます。
私が先ず思ったのが、今回のAIの役割は物理学や化学、生理学・医学分野での電子顕微鏡の役割と似ているということです。

 電子顕微鏡がさまざまな分野で大きな貢献をしてきていることは周知の通りです。元々は、1930年にベルリン大学のM.Knoll氏とE.Ruska氏が研究に着手し、1934年に1万倍の電子顕微鏡写真を撮影したのが始まりとされています。その後、その有効性が認識されて進化を遂げていきます。その進化で大きく注目されたのが、「電子線ホログラフィー」を用いて、電子の粒子と波動の二重性を説明し、超伝導体中の磁場やその他の量子効果の測定を行うなど、電子顕微鏡学の第一人者と言われた外村彰氏(元日立製作所フェロー)です。外村氏は「ノーベル賞に最も近い日本人」と言われていましたが、受賞することなく2012年に膵臓がんのために他界しました。外村氏の研究成果が受け継がれた「原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡」が、日立製作所 基礎研究で2015年に完成し稼動を始め、世界最高レベルの分解能の43pm(pはピコ、1兆分の1)を達成しています(日立製作所 プレスリリース)。外村氏が存命であれば、この完成をもってノーベル賞を受賞したのではないかとも言われていました。

 電子顕微鏡の役割は、電子顕微鏡を使ったさまざまな領域で、従来では得られなかったミクロの世界を"見える化"し、その領域での飛躍的な研究成果をもたらす"道具"です。電子顕微鏡を使うことで、各領域でノーベル賞の受賞に匹敵する成果にもつながります。それ故、電子顕微鏡という"道具"の進化も、やはりノーベル賞の対象となり得ます。

 もし、外村氏がノーベル物理学賞を受賞したならば、「電子顕微鏡の開発」ではなく、「電子線ホログラフィーを用いて、電子の粒子と波動の二重性を説明」したことが対象となるでしょう。この説明が43pmの分解能を達成し、無限の可能性を拡げたわけです。

 今回のノーベル賞に話を戻します。先述のように、まず物理学賞、AIそのものではなく、AIの可能性を飛躍的に拡げた「人工ニューラルネットワーク」が対象です。化学賞、そのAIを使って、「タンパク質の複雑な構造を予測することが可能」となったことが対象です。AIはこの、「タンパク質の複雑な構造を予測することが可能」だけに使われるものではありません。電子顕微鏡と同様に汎用に使われます。すなわち、今後もAIを使ってさまざまな領域でノーベル賞受賞に匹敵する成果がどんどん出てくることは容易に想像できます。ここでふと思ったのですが、電子顕微鏡は汎用とは言え、ミクロの世界を"見える化"するという機能に限定されます。もう少し汎用なのが、2012年に山中伸弥氏(京都大学iPS細胞研究所 名誉所長)がノーベル生理学・医学賞を受賞した「iPS細胞」かもしれません。さまざまな細胞に変化させたり、創薬へ応用したりするなど、電子顕微鏡よりは応用範囲が広い気もします。しかしAIは、すでに経済学の分野での活用などを見ると、比較しようがないほどの拡がりの可能性を秘めています。




改めて見えてくるIT人財の姿とは

 今回の化学賞の受賞で感じたことがあります。受賞者の一人であるデミス・ハサビス氏は自ら開発に関わったAI囲碁ソフト「アルファ碁」で、2016年に当時の世界トップクラスの韓国のプロ棋士に勝利したことで知られています。当時は「AIが人間を超えた!」的な表現が巷に溢れました。デミス・ハサビス氏はゲーム開発を皮切りにAIの開発に携わってきました。自身も囲碁の実力はかなりもので、今年の11月に日本棋院を訪れ、囲碁の最高位、九段の免状を贈られています。彼の経歴ではAIの開発に関わる形で神経科学の見識がかなり高いことが伺えます(物理学賞のニューラルネットワークに通じるものがあります)が、今回の受賞対象である「タンパク質」だけでなく、化学の領域に関する事柄は見つけることは出来ません。その彼がノーベル化学賞を受賞してしまう・・・ノーベル賞受賞者は、対象となった成果を出すために長年研究し続けているイメージがありましたが、それが今回大きく崩れました。ここにAI(だけでなくITも)の特徴と、これからのIT人財に求められる姿のヒントが隠されているようにも感じます。このコラムでも何回か触れていますが、「ITを仕事とする人(IT人財)」と「ITで仕事をする人(ユーザ)」それぞれの役割が明確に別れていた(役割分担)時代は既に終わっています。これからは両者の"協働"が重要とも言われています。しかしある領域では、"協働"ではなく"転生"が求められているのではないでしょうか? 昔、原子力関係のSEをしていた人が、原子力の論文を投稿し、後に原子力の研究者になった例も聞いたことがあります。現在ではSaaSやパッケージプログラムは、業務プロセスそのものです。これらの開発はシステム開発ではなく業務プロセス開発です。ユーザ視点では思いもよらなかったIT活用の革新的な業務プロセスを開発出来る機会が出現しているということです。IT人財が業務プロセスのプロフェッショナルとして"転生"して活躍する場面も容易に想像できます。 

 先述したように、IT(AI)はさまざまな分野での活用が期待されます。表面的には組織の中や社会で既に隅々まで行き渡っています。しかし、ある意味「広く浅く」が現状で、これから求められる姿は「広く深く」となるでしょう。「広く浅く」であれば、"協働"で充分かもしれませんが、「広く深く」特に「深く」の領域は、"協働"では難しい場面も想像できます。全員と言うわけではありませんが、必要とされる価値を創出するために、多様な分野・領域に興味・関心を持ち、従来の常識や事例に縛られない「成長の道筋」を引いて、意識ではなく意欲を持ってそこを歩むことも大切なのかもしれません。



懺悔です・・・

 2014年のコラムの最後段落で、
『ところで...ITが受賞するノーベル賞のどの分野なのか? ITの応用での受賞であるならば経済学賞、生理学・医学賞、平和賞あたりが候補となる可能性が高いと思いますが、ITそのものを対象として考えると現在は該当しそうな部門がありません。』
と書いていましたが、今回受賞の物理学賞と化学賞は抜け落ちていました・・・。

なるほど・・・いくら宝くじを買っても、高額当選しないわけです(-.-)



執筆者プロフィール

執筆者 永倉正洋氏

永倉 正洋 氏

技術士(電気・電子部門)
永倉正洋 技術士事務所 代表
一般社団法人 人材育成と教育サービス協議会(JAMOTE)理事
Mail:masahiro.nagakura@naga-pe.com

 

1980年 日立製作所入社。 システム事業部(当時)で電力情報、通信監視、鉄道、地域活性化などのシステムエンジニアリングに取り組む。
2003年 情報・通信グループ アウトソーシング事業部情報ユーティリティセンタ(当時)センタ長として、情報ユーティリティ型ビジネスモデル立案などを推進。
2004年 uVALUE推進室(当時)室長として、情報・通信グループ事業コンセプトuVALUEを推進。
2006年 uVALUE・コミュニケーション本部(当時)本部長としてuVALUEの推進と広報/宣伝などを軸とした統合コミュニケーション戦略の立案と推進に従事。
2009年 日立インフォメーションアカデミー(当時)に移り、主幹兼研究開発センタ長としてIT人財育成に関する業務に従事。
2010年 企画本部長兼研究開発センタ長として、人財育成事業運営の企画に従事。
2011年 主幹コーディネータとしてIT人財に求められる意識・スキル・コンピテンシーの変化を踏まえた「人財育成のための立体的施策」立案と、 組織・事業ビジョンの浸透、意識や意欲の醸成などの講演・研修の開発・実施に従事。
2020年 日立アカデミーを退社。
永倉正洋技術士事務所を設立し、情報通信技術に関する支援・伝承などに取り組む。日立アカデミーの研修講師などを通じて、特に意識醸成、意識改革、行動変容などの人財育成に関する立体的施策の立案と実践に力点を置いて推進中。

Facebook公式ページ Linkdin公式ページ YouTube公式チャンネル