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株式会社 日立アカデミー

2021年10月4日'ひと'とITのコラム

一の噺。DXに取り組む企業・組織の発信がここ数年で飛躍的に増えましたが、果たしてDXは"正しく"浸透しているのでしょうか?コロナ禍による環境変化がDXに何をもたらしたでしょうか?
二の噺は、前回のコラムで語られた"脳の「認知バイアス」"と連動するやっかいな代物、「フィルターバブル」。フィルターバブルの意味することとは?
二題の噺をお楽しみください。
(コラム担当記)

 今回のコラムは二つの噺です・・・


【一の噺】「岐路に立つDX」:DXレポート2、DXレポート2.1の指摘

 先日、高校の先生をしている姪からリモート授業で四苦八苦している話を聞きました。対面授業の代替をめざしているのですが、生徒にとっても先生にとっても、さらには生徒の親にとっても中途半端となり、なかなか難かしいようです。特に今は対面を望む(リモートが難しい)生徒も同時に受け入れる必要があるので、対面授業と同等の効果をめざさざるを得ないのですが、ふと気づいたことがあります。「リモート授業のゴールを対面授業の代替としなければどうなるか?」。ひとつ思いついたのが、自由にいくつかの学校の授業に参加できることで、現在の学校に縛られている学び方を超えた新しい学び方で、今までにない成長につなげることが出来るのではないかということです。自分の籍がある学校は決めておくのですが、ある程度の授業の時間数は、他の学校の授業を受けることを許容するものです。このメリットは、ある科目がどうしても苦手(得意)で、自分の学校の授業にはついていけない(簡単すぎる)ときに、他の学校の同科目の授業の"レベル"が自分に合っている、といった場合、そちらを受けられるようになれば、各人の成長に今までにない効果をもたらす可能性があります。今までの対面授業の形式だけではなかなか実現は難しいのですが、リモート授業であればハードルはかなり低くなります。対面授業の代替ではない新しい価値・効果を見い出せると、リモート授業での短所の大きさを"比較として"小さく出来ることになります。最近のコロナのワクチンでよく聞く「利益は不利益を大きく上回る」ですね。

 さて、コロナ禍真っ只中の2021年8月31日に、『DX(デジタルトランスフォーメーション) レポート2.1』*1が経済産業省から公開されました。これは副題として『DXレポート 2 追補版』となっています。"追補版"ということは、その前にベースとなるものがあるということです。『DX(デジタルトランスフォーメーション) レポート2(中間取りまとめ)』*2は、2020年12月28日にやはり経済産業省から公開されています。"レポート2"ということは"1"があるということです。2018年9月7日に公表され、日本でのDXブームの火付け役となった『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』*3、さらに2018年12月には『デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX 推進ガイドライン)』*4が公開されました。ではこの3年間、日本でDXの取組は十分に進んでいるのでしょうか?

 「DXレポート2」で引用されている、日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の調査で、「ビジネスモデルの変革の必要性の認識」についての回答をまとめたのが次のグラフです。

DXレポート2(経済産業省)・日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の調査イメージ

 みなさんはこのグラフから、DXの取組具合をどのように読み取りますか?

 まず目に付くのが赤枠で囲った2018年度70.9%→2019年度75.3%と増加している「現在のビジネスモデルを継続しつつ、新しいビジネスモデルも開拓する必要がある」です。「新しいビジネスモデルも開拓する必要がある」ですから、一見DXの取組がそこそこ浸透しているようにも見えます。しかし、「新しいビジネスモデルも開拓する必要がある」に付いている条件、「現在のビジネスモデルを継承しつつ」の部分が問題です。これはDXの推進あるいはデジタル化への取組が、既存ビジネスの範疇で行なわれてしまっているということです。この項目の回答が大多数でかつ増加傾向であることは、多くの企業が経営の変革という本質を捉え切れていないでDXを推進しているつもりになっている、ということを如実に顕しています。このグラフで15.8%(2018年度)→12.0%(2019年度)と回答比率が下がった「現在のビジネスモデルを抜本的に変革する必要がある(顧客チャネル/サプライチェーンの改革など)」と両年度とも低率の「現在のビジネスに拘らず、全く異なる新しいビジネスを創造する必要がある」が合わせて50%位の回答でなければDXの取組が"正しく"浸透しているとは言えないでしょう。コロナ禍でさまざまな行政サービスでのIT活用の遅れが浮き彫りになったことを鑑みても、残念ながら明るい状況は想像しにくいのが現実です。
 この分析をはじめとして、他のさまざまなデータも踏まえ、「DXレポート2」では次のように総括しています。

『独立行政法人情報処理推進機構(IPA)がDX推進指標の自己診断結果を収集し、2020年10月時点での企業約500社におけるDX推進への取組状況を分析した結果、実に全体の9割以上の企業がDXにまったく取り組めていない(DX未着手企業)レベルか、散発的な実施に留まっている(DX途上企業)状況であることが明らかになった。』
『我が国企業全体におけるDXへの取組は全く不十分なレベルにあると認識せざるを得ない。』『先般のDXレポートによるメッセージは正しく伝わっておらず、「DX=レガシーシステム刷新」、あるいは、現時点で競争優位性が確保できていればこれ以上のDXは不要である、等の本質ではない解釈が是となっていたとも言える。』

 この中で特に注目すべきなのは、「DXという言葉の真意が正しく伝わっていない」という指摘です。

 「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会 のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」が、「DX 推進指標とそのガイダンス」で提示されたDXの定義です。単にデジタル化、レガシーシステムの一掃ではなく"デジタル環境を前提とした経営の転換(トランスフォーメーション)"の必要性を謳っています。しかし、第34回のコラム 『デジタル・トランスフォーメーションって何もの?― 言葉から気づく・言葉から学ぶ ―』でも触れましたが、新しいカタカナ用語で起こりがちなさまざまな解釈での"ブーム化"が起きてきたのも現実です。第34回コラムでは『DXやデジタライゼーション、デジタル化、IT化など乱立している言葉を感覚で理解し受け流すことも可能ですが、一旦立ち止まり、言葉の整理から実体の構造をきちんと俯瞰してこの先求められるものを考えることも、言葉の旬が短くなった時代だからこそ大切なのではないでしょうか。』と書きました。結局前述の「DXレポート2」を読むと、"デジタル環境を前提とした経営の転換(トランスフォーメーション)"ではなくITシステムやデジタル環境の転換(トランスフォーメーション)にとどまっているのがほとんどです。要はデジタライゼーションをDXと考える傾向が強いということです。旬の言葉にさまざまな解釈が出現することは仕方ないことですが、その結果言葉の本質が失われてはなりません。さまざまな解釈を出来るだけ多く把握して評価した上で、自分なりの解釈・主張を持つことが大切です。でないと、いつの間にかその言葉の本質がなかったことになってしまいます。本来の意味でDXの取組まで必要ない場合は(DXレポートでは、すべての企業・組織に必要だとしていますが・・・)、例えば「トランスフォーメーションの取組がベストであり、その推進をしている」としっかり言うべきでしょう。
 「DXの本質」的な話は、とかく抽象的になりがちです。だから余計に本質を共有したり正しく伝えることが難しくなります。ではどうすれば良いのか?さまざまな実際に起こる場面を捉え、本質を見える化して共有することが有効でしょう。この意味で、DXの提唱の直後に起きたコロナ禍は、まさに千載一遇の機会だと言えます。「DXレポート2」「DXレポート2.1」でもコロナ禍による社会・経営・事業環境の激変を捉えた具体的な記述が多く見られます。

 DXを考える上でIT(デジタル)活用のゴールをどう捉えるかが重要です。これまでITシステム(含 サービス、製品)をゴールとして考えてきたのが、経営・事業環境のアジリティに継続的に追従出来るITを活用したビジネスモデル、ビジネスプロセスを考えることをゴールとしなければなりません。
 コロナ禍で、特にリモートワークの成否が分かれているのもこのゴールの捉え方の差なのでしょう。単にネット環境や端末、セキュリティ対策などを対象として、出社業務と遜色ないやり方が出来るように取り組んだ企業・組織と、"出社業務+リモートワーク"を包括して業務プロセス、労政、組織文化の見直しも含め、出社業務の代替ではない新しいスタイルを実現するためにIT・デジタル環境の整備に取り組んだ企業・組織では、現在だけでなく将来に渡って成果に大きな差が生じることになるでしょう。

 冒頭で書いた学校のリモート授業もそうですが、コロナ禍はまさに社会、経営環境、事業環境が激変する大きなきっかけであり、この変化を具体的に見える化することが出来る"宝の山"です。私が携わっている研修のフィールドでも、リモート研修が当たり前となっています。しかし、集合研修の代替として考えるか、新たな研修スタイルとして考えるかで、その可能性は大きく変わります。リモート研修だからこそ出来ることもあるわけで、研修のゴールの再設定まで含めて研修領域のDXを考える良い機会にいま居ると思っています。冒頭の高校的な発想に立てば、企業系の研修会社の間で、互いに研修交流を行なったり、他社の企業内研修に互いに参加して、これから特に重要となる視野や視点を拡げるために有効な異業種交流を行うなど、今までだとハードルが高かったことが実現しやすくなり、自社だけでなく業界や地域全体としての人財育成の底上げにつながる取組を加速させることも出来そうです。

 「DXレポート2」、「DXレポート2.1」は、単にブーム化しつつあったDXの本質を再確認し、その原点に立ち返らせてくれる大きなきっかけなんだと思います。
 (今回のコラムでは触れませんでしたが、「DXレポート2」、「DXレポート2.1」では「ユーザー企業とベンダー企業の共創の推進の必要性」、「企業がラン・ザ・ビジネスからバリューアップへと軸足を移して事業環境への即応性を追求すると、ユーザー企業とベンダー企業の垣根が無い産業の姿が実現される」という方向性も示されています。現在多くの場面で提唱されている「DX人材(財)」のあり方にも一石を投じています。この辺は別の機会に触れたいと思います。)


【二の噺】「渡る世間はバイアスばかり」:フィルターバブル

 前回のコラム「第41回 IT活用の進化と、脳のメカニズムのギャップ ― ネットの流言(りゅうげん)から見えてくること ―」では、得られた情報が曖昧であっても脳に蓄積されている「情報の欠片(その情報の信憑性などしっかりした"付帯情報"が存在しない情報)」と勝手に結びつけてしまう "脳の「認知バイアス」"により、知らず知らずのうちに信憑性が高いと認識してしまう可能性について触れました。しかし先日、この「認知バイアス」と連動するやっかいな代物に気づきました。「フィルターバブル」です。この「フィルターバブル」、2016年のアメリカ大統領選挙で注目された言葉です。共和党のトランプ氏と民主党のヒラリー氏が争った時です。何が起きたのか。トランプ氏を支持する人のFacebookのフィードにはトランプ氏を支持する投稿しか表示されなくなりました。ヒラリー氏を支持する人のFacebookのフィード上は逆にヒラリー氏支持の投稿しか表示されないことが同様に起きました。「フィルターバブル」とは、『ネット上で泡(バブル)の中に居るように、自分の見たい・関心ある情報しか見えなくなること』を意味する言葉で、2011年にイーライ・パリサーが自らの著書『The Filter Bubble(邦題:閉じこもるインターネット)』で初めて使いました。この「フィルターバブル」、多くのSNSやアプリで、検索履歴などによりユーザの利便性を高める「パーソナライズ」として仕組化されています。この「パーソナライズ」は、当然ながら検索などでの利用回数が増えれば増えるほど精度が高まります。すなわち、自分の関心がある情報、共感できる情報しか触れないという「バブル」の中に閉じ籠もることとなります。先ほどのアメリカ大統領選挙、熱心な支持者であればあるほど検索・アクセス数は多いと想定されます。結果、純度の高いバブルの中に入り込んでしまいます。しかもそこは、自分の見たい情報・関心ある情報、自分と同じ意見しか見えませんから、とても居心地が良い、気持ち良い空間です。そう簡単にはバブルの外に出たいとは思わないでしょう。ここでやっかいなこと(危ないこと)が起こります。「バブルの外には出たくない」と思う人がほとんど居ないというのは「居心地や気持ち良さ」が理由ではなく、そもそもバブルの中に入り込んでいることに気づいていない、ということです。従ってバブルは社会全体の一部の"小宇宙"に過ぎないのですが、中にいる人は社会全体の中にいると思い込んでいます。社会をフィルターを通して見ることになってしまいます。しかも自らの主張や価値観と親和性が良い情報が満載のバブルですから、疑いもせず社会の中で「自分は多数派で間違っていない」、という間違いに落ち込むことになります。昨年のバイデン氏とトランプ氏が争った大統領選挙、選挙の不正騒ぎが長々と続きました。多くのトランプ支持層(共和党支持層)が今でも民主党の不正説を唱えています。なんでここまで不正選挙であると熱く主張しているのかが不思議だったのですが、この人たちが「民主党が不正選挙を実行した」というバブルの中に存在しているとすれば、その人たちにとっては社会(実はバブルの中)の多数の人達が不正選挙だったと主張しているということになり、「正義は自分たちだ!」と思い込んでもおかしくないでしょう。

 この「フィルターバブル(パーソナライズ)」、何もアメリカ大統領選挙だけのことではありません。たまたま表出したに過ぎません。先ほども書いたように、我々が使っているSNSやアプリの多くで仕組み化されています。そして、我々は日頃からその"恩恵"に浴しています。最初は味気ないパソコンやスマホなどが、使えば使うほど馴染んでくる感覚さえ持ちます。結果、自分が欲しい、自分に合った情報にすばやく到達できます。便利です。しかし、この利便性の副作用として、自分は興味が無い、関心が無い、嫌い、不快・・・など求めていない情報へのアクセスが難しくなることで、視野が狭まることになります。しかもこの視野の狭まりは、なかなか意識することは出来ません。いつの間にかバブルの中にいることを認識することは、かなり難しいのではないでしょうか。しかし、実は認識出来る場面は結構あります。たまたま他の人の端末を借りてアクセスする場面、新しいSNSやアプリ・ソフトを使ってアクセスする場面などで、いつもとは異なる情報の出方を感じる経験はありませんか?この瞬間が自分のいつものバブルとは異なる"小宇宙"にいるということです。他人の端末を借りた場合は、その人のバブルの"小宇宙"を見ていることになります。新しいSNSやアプリ・ソフトを使い始めた場合は、バブルがない真っさらな"宇宙空間"にいることになります。このような状況に出会ったら、バブルの存在を思い出し、自分が如何に偏った"小宇宙"で、偏った情報に触れているかを認識する"瞬間"とすることも大切なのではないでしょうか。先ほどのアメリカの共和党支持者と民主党支持者、互いに端末を交換して使ってみると、互いの理解の一歩となるのかもしれません。

 前回のコラムに書いたように、これからは情報(データ)が新たな価値創出の重要なファクターとなる時代です。情報の偏りを少しでも是正することが求められます。「認知バイアス」も「フィルターバブル(パーソナライズ)」も人によって異なります。ということは、複数の人が連携すれば、異なる"小宇宙"や「記憶の付帯情報」を紡ぐことが出来ます。バイアスが少し是正できる可能性が高まります。非プライベートで使う端末やアプリ・ソフトを他の人と共有することで、バブルを出来るだけ大きくすることも有効かもしれません。デジタル社会では、利便性向上などの価値の裏にある"デジタルによって隠されている仕組み"に意識を向けて、自分がいまどこに居るのか、どのバブル・"小宇宙"の中に居るのか、その結果どういうバイアスがかかっているのか、を常に認識してうまく補正をしていくことが求められます。
 デジタル時代、渡る世間はバイアスばかりです。

執筆者プロフィール

執筆者 永倉正洋氏

永倉 正洋 氏

技術士(電気・電子部門)
永倉正洋 技術士事務所 代表
一般社団法人 人材育成と教育サービス協議会(JAMOTE)理事
Mail:masahiro.nagakura@naga-pe.com

 

1980年 日立製作所入社。 システム事業部(当時)で電力情報、通信監視、鉄道、地域活性化などのシステムエンジニアリングに取り組む。
2003年 情報・通信グループ アウトソーシング事業部情報ユーティリティセンタ(当時)センタ長として、情報ユーティリティ型ビジネスモデル立案などを推進。
2004年 uVALUE推進室(当時)室長として、情報・通信グループ事業コンセプトuVALUEを推進。
2006年 uVALUE・コミュニケーション本部(当時)本部長としてuVALUEの推進と広報/宣伝などを軸とした統合コミュニケーション戦略の立案と推進に従事。
2009年 日立インフォメーションアカデミー(当時)に移り、主幹兼研究開発センタ長としてIT人財育成に関する業務に従事。
2010年 企画本部長兼研究開発センタ長として、人財育成事業運営の企画に従事。
2011年 主幹コーディネータとしてIT人財に求められる意識・スキル・コンピテンシーの変化を踏まえた「人財育成のための立体的施策」立案と、 組織・事業ビジョンの浸透、意識や意欲の醸成などの講演・研修の開発・実施に従事。
2020年 日立アカデミーを退社。
永倉正洋技術士事務所を設立し、情報通信技術に関する支援・伝承などに取り組む。日立アカデミーの研修講師などを通じて、特に意識醸成、意識改革、行動変容などの人財育成に関する立体的施策の立案と実践に力点を置いて推進中。

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