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株式会社 日立アカデミー

IT活用の進化と、脳のメカニズムのギャップ

- ネットの流言(りゅうげん)から見えてくること -

2021年8月2日'ひと'とITのコラム

皆さまは何から情報を得ていますか?大多数の方がテレビ、新聞、インターネットなどをあげるのではないかと思います。
ではその情報は正確でしょうか?世の中に溢れる情報の中から私たちは必要な情報を取捨選択できますが、正しい情報を見極めて活用したいものです。
今回のコラムは、「IT活用の進化と、脳のメカニズムのギャップ」です。ITの進化のスピードは脳の働きに作用するのでしょうか?
(コラム担当記)

 この6月と7月に、大手町の大規模接種センターでモデルナ製の新型コロナワクチンを接種しました。完全な"安心感"は無理ですが、少しの"安心感"を手に入れました。大手町の大規模接種センターは、1万人/日以上の接種者が来場している割には非常にスムーズに流れ、両日とも会場到着してから約30分後には会場を出ることが出来ました。至る所に案内・誘導してくれる人が居て、安心感を持てました。新型コロナワクチンの接種は、民間事業ではなく国の事業なので、ある意味人件費などのコスト面の優先度を高くする必要がない(コストに無頓着で良い と言うことではありません)ため実現できることで、効率化が当然の時代に人海戦術での"至れり尽くせり"という老舗旅館のような贅沢をちょっぴり感じました。あと、副反応。私の場合、1回目は接種時に注射針を刺されたとき(テレビでよく見る腕に対して垂直にズブッ)は、痛みどころか刺されたことすら気づきませんでした。2回目はすこしチクッとした程度です。両日とも接種した日の夕方から打ったところに筋肉痛のような痛みが出ましたが、よく言われている手が挙がらないとか寝返りが打てない程ではありませんでした。1回目はこの若干の筋肉痛だけで、発熱やだるさといった症状は全く出ずに済みました。2回目はちょうど24時間後に少しのだるさと微熱の症状が出ましたが、2日程度で消えました。微熱は、風邪の時などの熱とは異なり、「熱だけ」という熱でした。巷の情報で少し不安だった副反応がかなり軽く済んだのは幸いでしたが、1回目で何も副反応が出ないとこれはこれで「本当にワクチンを打ってもらえたのか?間違って生理食塩水だけを打たれたのではないか?」という別の不安が芽生えます。人間は都合良く考える動物であることを実感した瞬間でもありました。出だしで長々とワクチンの体験記を書きましたが、これからワクチンを接種する人も多いと思います。特に副反応に不安を感じている方の参考となればと思います(私は"鈍感"なだけで他の人の参考にはならない、とも言われていますが・・・)。

ワクチン接種イメージ

 いま、「副反応に不安を感じている人」と書きました。何故不安なのか?近年日本ではワクチンの接種を受ける機会がほとんどなくなりました。私はあまり不安を感じていませんでした。私の世代は、小学校の頃毎年のようにワクチン接種がありました。注射だけでなく飲むワクチンもあったように記憶しています。要するに経験という「確実な情報」を持っているので「知らないこと」から来る不安はあまり感じません。ただ、今回のワクチンがここ10年以内に確立されたmRNAワクチンであることと、厚生労働省の認可が正式ではなく緊急時使用であることなど私が持つ「確実な情報」には含まれない事象に対する不安は若干ありましたが、新型コロナに感染するリスクや感染した後重症化するリスクとの対比で、接種しないという選択肢が生まれる程の不安ではありませんでした。しかし、日本が多くの疾病を克服した現代、多くの人がワクチン接種を経験していないことから、「確実な情報」を持たない人が多くいます。特に年代が若くなればなるほどその傾向が高まります。ワクチンそのものに対する不安とmRNA、緊急時使用認可という側面の不安、そのすべてを抱えることになります。「ワクチン接種を控える」という声も多く聞かれるのも理解できます。不安を抱えた人は当然安心感につなげるための「確実な情報」を得ようとします。昔はインターネットのような手軽に自分で情報収集出来る手段がありませんでしたから、新聞やテレビ、ラジオ、さらにはかかりつけの医者などが"か細い情報源"でした。そこから得られる情報は、国や自治体、医学に裏付けされた情報しかありません。要するに、ネット社会以前は「情報を得る間口は狭いけれど得られる情報の精度は高い」換言すると「情報を得るには苦労するけれど得られた情報は鵜呑みに出来る」時代だったとも言えます(得られた情報を鵜呑みにすることで、個の意見が潜在化するといった別の課題が生じ易かった面もありましたが・・・)

 さて、最近新型コロナワクチンに関する流言が問題となっています。
  "ワクチンを接種すると不妊になる"
  "妊娠中にワクチンを打つと流産する"
  "ワクチンを打つと体内に長期間成分が残り、遺伝情報が書き換えられる"
  "ワクチンによって高齢者が新型コロナに感染し、高齢者施設で相次いで亡くなった"
  "ワクチンにマイクロチップが入っていて、人々を管理する"
  "ワクチンを打つと、磁石がくっつくようになる"

 これらは現段階で厚生労働省やアメリカのCDC(疾病対策センター)など公的機関で否定されています。"ワクチンにマイクロチップが入っていて、人々を管理する"、この一見すると突飛な説につながる要素は何となく推測できます(この推測はあくまでも"個人の感想です")。2017年から2018年にかけて、手の皮膚の下に認証チップを埋め込む「マイクロチップ・インプラント」と呼ばれる個人認証システムが話題になりました。アメリカの自動販売機メーカー「スリー・スクウェア・マーケット」では、2017年8月従業員の手に2004年にアメリカ食品医薬品局(FDA)が認可したマイクロチップを埋め込み、社内での業務や買い物などに利用できるサービスを導入しました。また、スウェーデンの国営鉄道でも、車内検札時に乗客の手に埋め込まれた認証チップをスキャンすることで、乗車料金を徴収するというサービスを2017年6月から試験的に導入しました。このマイクロチップ・インプラントの技術自体は、1970年代から家畜の個体を認証・管理する方法として広まっています。最近はペットへのチップ埋め込みを義務化している国も多くあります。人用チップの大きさは米粒大の円筒形で一般的には親指と人差し指の間の柔らかい部分に、やや太い針の注射器を使って埋め込むようです。すなわち"体に埋め込まれたマイクロチップで人々を管理する"は、すでに実用化の域に達していて、かつ2~3年前に情報として流布していました。さらに、新型コロナワクチンがmRNAというこれまでは聞き慣れない技術を使っていることから、当然多くの人が調べるでしょう。日本でこの分野での権威のひとつに、最近よく聞く(見る?)国立感染症研究所があります。ここのWEBサイトにmRNAの解説があります。一部を抜粋します。『現在, 開発が進んでいるmRNAワクチンは, 脂質ナノ粒子などのキャリア分子に抗原タンパク質をコードするmRNAを封入した注射剤である。注射されたmRNAが局所の宿主細胞内に取り込まれ, 翻訳されることにより, 抗原タンパク質が産生され, 抗原特異的免疫応答が起こる』。mRNAを知らない人がmRNAをマイクロチップも置き換えて読むと、「マイクロチップ(= mRNA)が注射剤に入っていて、それが体内に取り込まれ、個々人の情報を"翻訳"して蓄積する」ような印象を持ちます。先ほどの「マイクロチップ・インプラント」の情報を知っている人ならば余計にこの印象につながりやすい、つまり確信に近い印象になる気もします。


 そもそもネット上で流言(りゅうげん・るごん)は何故起こりやすいのでしょうか?
 よく「ネット上のデマ」と言われます。今はデマと流言はほとんど区別なく使われている気がしますが、本来は異なります。いつものようにこのコラムの特徴の辞書調べです。全部「広辞苑 第7版」によります。
  『りゅう‐げん 【流言】 : 根拠のない風説。うわさ。浮言。流説(るせつ)。』
  『ふう‐せつ 【風説】 : 世間のうわさ。とりざた。風評。』
  『デマ : (デマゴギーの略)①事実と反する煽動的な宣伝。悪宣伝。②根拠のない噂話。流言蜚語(りゅうげんひご)。』
  『デマゴーグ 【Demagog(ドイツ)】 : 煽動政治家。民衆煽動家。』
  『りゅうげん‐ひご 【流言蜚語】 : 根拠のないのに言いふらされる、無責任なうわさ。デマ。』
  『うそ 【噓】 : ①真実でないこと。また、そのことば。いつわり。 ②正しくないこと。 ③適当でないこと。』

 これらから読み取れることは、「流言(風説)」も「デマ(流言蜚語)」も「嘘」ではないが"根拠がない"ことは同じです。「嘘」は"根拠がない"のではなく、明らかに"間違っているという根拠がある"ということでしょうか。「流言(風説)」と比べ「デマ(流言蜚語)」は、積極的に"根拠がない"ことを利用する能動的・意図的要素が強い気がします。"根拠がない"情報が噂話的に伝わるのは「流言」です。「流言」が拡がる理由として、「重要な事柄」、「あいまいさ」、「不安」、「怒り」、「善意」などの要素がよく挙げられます。特に災害時に起きやすいのもわかります。そこにはその情報が「正確ではない」という認識は存在しません。結果的に拡散しているということです。"根拠がない"情報が「正確ではない・間違っている」ことがわかっていて、その情報を例えば自分の主義主張を補強するために積極的に拡げることは「デマ(流言蜚語)」となります。
 社会の常として噂話が世間に拡がることは止めようがありません。江戸時代を見てもわかるように、情報の伝達にはマスメディアやネットなどの道具は必要ありません。複数の人がいて会話が出来るのであれば、それだけで「流言」は生まれます。そもそも人という動物はゴシップが大好きです。ある意味生活や人生の潤滑剤ですから仕方ありません。しかしこの時代は「流言」や「ゴシップ」、すなわち「根拠がない(あやふやな)情報」ということを、多くの人が認識・共有している中で拡がっていたのではないでしょうか。だから「流言」「ゴシップ」を楽しむという潤滑剤になり得たのだと思います。もう少し掘り下げてみると、そもそも今のようにネットやマスメディアなどの道具がない状況ですから、色々な話や情報を疑ってかかる(半信半疑、話半分)ことが当たり前の環境です。私が小学生の頃は、友達からにわかには信じられない話を聞くと「本当?何かに載っていた?」と聞き返していました。友達に「今朝の新聞に出ていたもん」と言われ、家に帰ってから新聞をみて確かに載っているとようやく信じるというプロセスが当たり前でした。当時は新聞やテレビの信頼度が抜群に高かったのだと今更思います。従ってスポーツの審判でたまに起こる誤審ではないですが、新聞等が間違った情報を流しても当時はそれが"事実"となっていたこともあったように思います。とはいえ、そういうことが起こらないようにしっかりチェックが行われていることも確かです。
 人類は、「流言」「ゴシップ」とともに進化してきたのだと思います。まずは会話などの口頭での伝達から始まり、文字の普及・印刷技術の発明などによる出版物での伝達に発展します。さらに新聞、ラジオ、テレビなどのマスメディアへ進化します。この間はあくまでも発信者主導の情報提供です。これは、片方向性だけでなく多くの人々が得る"情報量"が(現在と比べ)抑制されていたという特徴がありました。従って情報の受け手側は、一つひとつの情報をしっかり吟味する余裕があったのだと思います。吟味できると言うことは、脳の中にきちんと整理されて記憶されます。そうすると情報を引き出すときに、その情報の"付帯情報"もしっかり引き出され、情報が「流言」や「風説」なのか「確かな情報」なのかなどの信憑性評価付きで認識できることになります。
 しかし、インターネットの普及で何が起きたのか。"情報氾濫"という言葉が出現したように、我々人類は一気に多くの情報を浴びることになりました。大量の情報そのものが問題なのではなく、各情報の"付帯情報"が作成・蓄積できなくなったことが問題なんだと思います。大量だから作成・蓄積出来なくなった部分もありますが、情報に触れたときに"付帯情報"が作られていないことが最も大きな問題なのではないでしょうか。ネットサーフィン(すでに死語と言われそうですが・・・)、膨大な情報に触れますが、一つひとつを吟味することはないでしょう。多くの人は言葉が躍っているだけで記憶している実感もないと思います。ここでやっかいなのが脳の働きです。脳は目というセンサーが認識したものは、吟味の有無関係なく記憶してしまいます。ただし、吟味していない情報は"付帯情報"もなければ正しいインデックスもない状態で蓄積されることになります。インデックスがないので、通常は思い出しにくい(記憶にないと認識)状態です。けれど、蓄積されて存在しています。ここでもうひとつ「認知バイアス」という脳のやっかいな機能があります。人は何か情報を得たときに関連しそうな情報を脳の中で勝手に結びつけて引っ張ってきます("発想"の原点であり、"親父ギャグ"のメカニズムでもあります)。この時に、引っ張り上げた情報に信憑性などの"付帯情報"があれば、新たな情報の真偽もきちんと行うことが出来るでしょう。ネット普及前はこれが出来ていたと思います。しかし前述のように現在は"付帯情報"が存在しない情報が大量に脳内に蓄積されていますから、引っ張り出された情報から真偽を判断することは難しくなっています。ただ、人は何か得体の知れない情報に触れても、何かしら記憶の中から情報が引っ張り出されると、ある意味根拠を得たかのごとくその情報が正しく見えてしまう、というバイアスがかかってしまいます。先ほどの新型コロナワクチンのmRNAの説明とマイクロチップ・インプラントの情報との結びつきもこれに当たります。このことが「流言」「風評」を鵜呑みにすることにつながります。ある意味仕方の無いことなのかもしれません。生活の中でパソコンやスマホなど情報氾濫につながるようになって20年も経っていません。我々の脳のメカニズムは早急には変えられません。特にITの進化はとてつもなく速く、脳のメカニズムと調和させる成長はまだ始まったばかりです。
 では、どうすればネット上の流言とうまく付き合うことが出来るのか?今のところ私は特効薬を見つけることは出来ていません。前述の仮説によれば、大切なのはすでに記憶されているさまざまな情報の"付帯情報"の有無ということになります。日頃から情報を流して読むだけではなく、しっかり"付帯情報"も蓄積することを心掛けるようにしたいと思っています。本コラム『第35回  写像? 虚像? ― 我々は、「歪んだ写像」で事実を認識できているのか ―』 で触れた「ファクトフルネス」の著者のハンス・ロスリングが伝えていることにもつながると思います。情報(データ)との向き合い方がますます重要となる時代、情報そのものだけでなく、"付帯情報"の欄を空白ではなく出来るだけ埋める習慣をいかに身につけるかが、脳のメカニズムとIT活用のギャップを最適化する鍵なのかもしれません。


 前述の『新型コロナワクチンに関する流言』の"ワクチンを打つと、磁石がくっつくようになる"、今磁石を近づけてみましたが、くっつきませんでした。「確実な情報(根拠がある情報)」がひとつ増えました。

執筆者プロフィール

執筆者 永倉正洋氏

永倉 正洋 氏

技術士(電気・電子部門)
永倉正洋 技術士事務所 代表
一般社団法人 人材育成と教育サービス協議会(JAMOTE)理事
Mail:masahiro.nagakura@naga-pe.com

 

1980年 日立製作所入社。 システム事業部(当時)で電力情報、通信監視、鉄道、地域活性化などのシステムエンジニアリングに取り組む。
2003年 情報・通信グループ アウトソーシング事業部情報ユーティリティセンタ(当時)センタ長として、情報ユーティリティ型ビジネスモデル立案などを推進。
2004年 uVALUE推進室(当時)室長として、情報・通信グループ事業コンセプトuVALUEを推進。
2006年 uVALUE・コミュニケーション本部(当時)本部長としてuVALUEの推進と広報/宣伝などを軸とした統合コミュニケーション戦略の立案と推進に従事。
2009年 日立インフォメーションアカデミー(当時)に移り、主幹兼研究開発センタ長としてIT人財育成に関する業務に従事。
2010年 企画本部長兼研究開発センタ長として、人財育成事業運営の企画に従事。
2011年 主幹コーディネータとしてIT人財に求められる意識・スキル・コンピテンシーの変化を踏まえた「人財育成のための立体的施策」立案と、 組織・事業ビジョンの浸透、意識や意欲の醸成などの講演・研修の開発・実施に従事。
2020年 日立アカデミーを退社。
永倉正洋技術士事務所を設立し、情報通信技術に関する支援・伝承などに取り組む。日立アカデミーの研修講師などを通じて、特に意識醸成、意識改革、行動変容などの人財育成に関する立体的施策の立案と実践に力点を置いて推進中。

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