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株式会社 日立アカデミー

言葉は混乱の種

-"ソリューション"、"IoT"を例に-

2016年9月29日'ひと'とITのコラム

皆さん、「情けは人の為ならず」ということわざの意味をご存知でしょうか?そんなのわかりきってますよ、「情けをかけるのは、その人の為にならない」ということですよね。と思っている方もいらっしゃるかも知れません。全く違うんですよね。意味は「人に情けをかけるのは、情けをかけられた人の為になるばかりではなく、巡り巡っていつかは情けをかけた人に返ってくるものです。だから人には親切にしなさいね。」ということです。意味をきちんと知らないと情けをかける人も、かけられる人も、周りにいる第三者も、それぞれ別の思いを抱き、ちぐはぐな行動をとるかもしれません。つまり、相手がいる中では、その言葉に対して同じ理解の上に立っているかどうかを意識してコミュニケーションをとることが大切なのです。(T.M)

 「ソリューションの実践」・・・この使い方に違和感を感じる人も多いのではないでしょうか。 「ソリューションの提供」だとしっくりしますか?

 "ソリューション"という言葉、現在は当たり前のように使われています。 最初はITフィールドで使われていましたが、最近はすべてのビジネス領域で使われるようになりました。 ITフィールドで使われ始めたのは、2000年少し前頃からです。 要するに"ソリューション前後"があるということです。 この"ソリューション前後"を理解すると、経営/ビジネスとIT活用の関係の大きな変化が見えてきます。 「ITフィールドが変わった瞬間」です。 具体的に指摘するならば、「経営/ビジネスの現場でITが一巡した瞬間」、「経営/ビジネスでのIT活用の役割が大きく変わった瞬間」、「ITで価値創出する組織/人財に求められるものが大きく拡大した瞬間」・・・etc.

 "ソリューション"という言葉は、どうも三つの意味が混在しているようです。

 先ずは前述の"ソリューション前後"を示している使い方。 これは(一社)電子情報技術産業協会(JEITA)が2000年9月に 『ソリューションの定義』 として用いているものです。 ここでは、ソリューションをビジネス技法として捉えています。 以前の仕事のやり方は、「顧客の課題に対してITを使ってどのように解決すればよいか」という"解決方法(ノウハウ)"が顧客側にあり、IT提供側はその解決方法に従いしっかり「解(システムや製品、サービスなど)」を作る、というものでした。

 しかし、人手による業務でITに置き換えられるものは一巡し、顧客の経営/ビジネスも複雑になったこともあり、顧客側で解決方法を見出すことが困難となった時代を迎えました。 その結果、提供側に解決方法創出のノウハウを求めました。 解決方法の導出とそれによる解の構築を提供側が遂行するビジネス技法がソリューションと定義されました。 「ソリューションの実践」です。

〔ソリューション以前〕 【顧客:《経営課題の解決ニーズ→解決方法》⇒提供側:《解の構築》】

〔ソリューション以降〕 【顧客:《経営課題の解決ニーズ》⇒提供側:《解決方法→解の構築》】

 この変化が、先に述べた「ITフィールドが変わった瞬間」であり、仕事のやり方が変わった瞬間です。 IT人材育成で従来とは異なる意識醸成や行動変容を促す場合には、ソリューションという言葉を「定義の固有名詞」として捉えることが大切です。

 英語のソリューション:Solutionを和訳すると『〔困難などの〕解決策』と出ています。 「解決策」という言葉が示す"範囲"は曖昧です。 多くの場合、先ほどの定義としてのソリューションと照らしてみると「解決方法(ノウハウ)」だけを対象として使われていることが多いようです。 これが二つ目の使い方です。

 さらに、"解"という単語を辞書で調べると 『〔数〕(solution)方程式を成立させるために未知数のとるべき値。根。また、作図問題を解いて得られた図形、微分方程式を満足する関数など。』と出ています。本来数学的活用なのですが、「問題を解く」→"正解"→「顧客の問題(課題)を解くもの」→「ベンダーが顧客に納入するもの」という連想で使われている場面も大変多く見受けられます。すなわち、契約上顧客に提供する"納入物"(上記定義では「解」)すべてを指し示す使い方で、 仕事のやり方ではなく"納入物"の言い方を変えただけだと解釈できます。 「ソリューションの提供」という使い方はこの例でしょう。 これが三つ目の使い方です。

 では、どの使い方が正しいのか? 恐らくこの疑問は不毛です。 本来の意味ではないものでも"普及"して"浸透"してしまったら、現実を受け入れるしかありません。 我々に出来ることは、言葉を使うときにどの意味で使うのかの意志をしっかり持つことと、相手と自分がその言葉に対する"同じ理解"の上に立っているかどうかを、常に意識して把握しながらコミュニケーションを取ることです。 多様性の理解、ダイバーシティーですね。 これは広く日本語全体に言えることではあります。 「気の置けない人」・・・辞書では『相手に気づまりや遠慮を感じないさまをいう。』とありますが、現在は全く逆の使い方の方が違和感を持たない人が多くなっているのが好例でしょう。 非常に危ういコミュニケーション環境となってしまったものです。 当たり前のように使っている言葉だからこそ、自分の理解にとどまらず社会でどのような理解や解釈、背景があるのかを意識して知り、その上で使うことが求められます。

 話をIoTに変えます。

 このコラムの「第20回 我々はいくつの"名前"を持っているのか?」では、IoTについて、『最近、ITフィールドだけでなくビジネス誌などでも多く目にするIoT(Internet of Things)。これを可能とするM2M(Machine to Machine)の概念は昔からありました。FA(Factory Automation)に代表される工場の監視制御システムや新幹線の運行管理システムなど、実際の対象物をセンサーなどで確実に把握し、IT上に「写像空間」を構成して、この「写像空間」で必要な監視制御を行うという概念です。』と触れました。

 最近いろいろな人と会話すると、「IoTがよくわからない」という疑問には2通りあることがわかります。 ひとつは「IoTそのものが全くわからない」というもの。 もうひとつはコラムで触れたように、「概念はわかるが昔からあるものがなぜ今騒がれるのかわからない」というものです。 前者の人にIoTの概念を説明すると結局は後者に行き着きます。 多くのIoTの説明は後者の疑問に必ずしも答えていないのも確かです。 例えばアメリカでのIoTの事例として「スマートロック(スマートキー)」がよく使われます。 「スマートロック」→「スマートハウス」・・・例えば、『スマートフォンが住人の声がかれていることを認識して風邪気味だと判断する。→エアコンはその判断を受け設定温度1℃上げる。→お風呂はいつもより湯船の湯温度を1℃下げ、住人が湯船に浸かったら1℃上げる・・・』これらを家電同士が直接やり取りし、住んでいる人にとって快適な空間となるように自動でコントロールする。 IoTの特徴の説明と言っても違和感ないですよね? 実はこれは20年以上前に出現した「HA(Home Automation)」の事例として使われたものです。 決してIoTが出現したから可能となった事例ではありません。 先ほどの「なぜ今騒がれているのか?」です。

 (一社)電子情報技術産業協会(JEITA)は『今年度、CPS(サイバーフィジカルシステム)/IoTの社会実装推進を活動の中核に据え、人口減少問題などの社会課題の解決に向け、新たな価値創造にスピード感を持って取り組む。(http://www.jeita.or.jp/cgi-bin/topics/detail.cgi?n=3116&ca=3)』としています。 IoTだけでなくCPSを一体として使っています。 CPS/IoTを業界を挙げて"社会実装"する対象としています。 すなわちIoTは、アーキテクチャです。 HAやFA(Factory Automation)、鉄道の運行管理システムなどアプリケーションの価値創出を支える"構造"です。 今起きていることは、「M2Mという技術の進化でIoTというアーキテクチャが従来より緻密に構築できるようになり、さまざまなアプリケーションの実現性を高め、アプリケーションが創出する価値を革新化させることが出来る」ということではないでしょうか。 鉄道の運行システムは、従来車両の位置情報をもとに"写像空間"を構築し、それを基に運行監視制御を行います。 M2Mの進化で、車両の位置情報だけでなく、各車両の混雑情報も"写像空間"に取り込めるようになりました。 さらに駅の混雑情報も取り込めるでしょう。 すると列車支障時、従来は出来るだけ速やかに正常ダイヤに戻すことが制御の目的でしたが、混雑している車両の乗客を出来るだけ早く降ろすための制御や、人が溢れている駅の混雑緩和を優先した制御など、状況に応じ車両中心ではなく乗客中心の運行監視制御が出来るようになります。 これはIoTが新たなアーキテクチャとして下支えし、従来にない価値創出能力を運行管理制御システムにもたらした、ということです。 社会で価値を創出するアプリケーションを絡めて説明することが、IoTの役割を明確にし、理解を深めることができます。

 言葉とは『ある意味を表すために、口で言ったり字に書いたりするもの。』と辞書にあります。多様性の時代だからなのか、技術の進歩が早いからなのか、社会変化が激しいからなのか、人が感覚主体で行動するようになったからなのか・・・『ある意味』そのものが多様化し、その多様化しているということを多くの人が認識していないあやふやな環境の中で、言葉が飛び交っています。 まずはその現実を共有しましょう。

執筆者プロフィール

永倉 正洋

技術士(電気・電子部門)
株式会社 日立アカデミー
主幹コーディネータ
一般社団法人 人材育成と教育サービス協議会(JAMOTE)理事

日立製作所でシステムエンジニアリングの経験を経て、2009年に日立インフォメーションアカデミー(現:日立アカデミー)に移る。企画本部長兼研究開発センタ長としてIT人財育成に関する業務に従事。2011年以降、主幹コーディネータとしてIT人財に求められる意識・スキル・コンピテンシーの変化を踏まえた「人財育成のための立体的施策」立案と、 組織・事業ビジョンの浸透、意識や意欲の醸成などの講演・研修の開発・実施を担当している。

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