-"科学"の進化と逆行するITの進化-
2026年8月6日‘ひと’とITのコラム

今回のコラムを書こうと思っていたときに「令和8年熊本地震」が発生しました。10年間で震度7以上の地震が3回、心よりお見舞い申し上げると共に早期の生活再建を願うばかりです。
今回の地震では、当然のようにマグニチュード(M)6.5の前震とM7.1の本震からなる10年前の地震との関連で報じられていました。多くの専門家が活断層(日奈久断層帯)の「割れ残り」が今回割れた可能性を指摘しています。調べてみると熊本県周辺でM6以上の大きな被害を発生させた地震は、1619年、1723年、1828年、1889年、1968年、1997年、2016年(2回)、2026年で発生しているようです。これらは同一の活断層が原因かどうかを無視してピックアップしているので、その発生間隔の数値にどれくらいの意味があるかは心許ないですが、大体10年~100年間隔で起きています。
今「10年~100年の間隔」と書きましたが、この長さに対する感覚は一人ひとりの生涯時間との対比で"現実的な年数"なので、「長い」「短い」人それぞれで異なってくるでしょう。しかし、地震は断層の動きで引き起こされるわけですから、発生間隔の時間軸は断層の動き≒"地球時間"で進んでいます。すなわち、"地球時間"での1年は〔1/(4,540,000,000 ± 50,000,000)年〕の長さ感覚です。こうなると一人ひとりの生涯時間との対比では考えようもないので、「長い」「短い」の観点は消え去ります(そもそも人類の存在期間すら対比できません)。日本及びその周辺では、世界で起こっている地震の約1/10の数の地震が発生しています。それだけ多くの活断層が存在しているということです。先ほど「10年~100年の発生間隔」と触れましたが、これは多くの活断層がそれぞれに地震を引き起こしているが故の数値であって、ひとつの活断層が引き起こす大地震の平均的な間隔は1000年~数万年と長いのが特徴のようです。ただしこれは活断層の場合で、海溝型地震は桁違いに短く、例えば南海トラフでは100年程度の間隔で大地震が起きています。しかし地球時間で見れば、1000年~数万年も一瞬ですし、100年は誤差のまた誤差です。今回の日奈久断層帯の「10年前の割れ残り」による2回(3回)の地震発生は、地球時間では"同時"に起きた地震です。このように俯瞰してみると、地球の活動を予知(予測)する難しさを改めて思い知らされます。
さて、唐突ですが・・・ケイ素、ゲルマニウム、ガリウム、ビスマス、プルトニウム ご存じですか? 昔「ゲルマニウムラジオ、作ったなぁ」とか、「プルトニウム、原子力のニュースで聞いたなぁ」、「ガリウムやゲルマニウムって、半導体で使われていたような・・・」こんな感じで「聞いたことがある」という方も多いのではないでしょうか? 何れにせよライフシーンで身近とは言えないものでしょう。しかし、これら5つの物質と「もうひとつの物資」だけが持つ特異な特徴があります。その「もうひとつの物質」を、われわれは当たり前のようにライフシーンで使っています。この物質とは何だと思いますか?
この質問・・・化学に多少の知見や興味をお持ちの方はすぐに答えが浮かんだのではないでしょうか? 私はまったく知りませんでした・・・高校・大学共に化学は苦手でしたので・・・。
答えは「水」です。水、ケイ素、ゲルマニウム、ガリウム、ビスマス、プルトニウムに共通な特徴とは...「固化すると体積が増える」ということです。この特徴の故、氷は水に浮くこととなります。通常の物質は、固体→液体→気体と状態を変えると体積が大きくなります。これは物質の分子運動が激しくなるためです。固体は分子があまり運動していないため、分子がほとんどすき間を作ることなく並んでいます。液体、そして気体へと変化すると激しい分子運動が起こるため、分子同士のすき間が大きくなり、体積が大きくなります。しかし、例えば水は4℃(厳密には、3.98℃)のときが最も水の分子のすき間が無く並ぶので最も体積が小さく(最も密度が大きく)なるのですが、さらに温度を下げていくと「水素結合」という特殊な分子の結びつきの影響が強く現れ、すき間をあけながら水の分子が規則正しく並びます。このすき間の分、体積が大きくなると同時に密度も小さくなるので、「氷が水に浮かぶ」という本来は当たり前でない現象が起こります(ここをもっと知りたいという方は、「ウルツ鉱構造」で生成AIにでも訊いてみてください)。「異常液体」という言葉があります。これは、「典型的な液体の諸法則のいずれかが成り立たない液体」の呼び名です。「異状液体」には先述の6つの物質の他、塩化亜鉛やヘリウム、低分子アルコールなどが存在しますが、「水」は複数の法則が成り立たない典型的な「異常液体」です。
現在認識されている水の異常性は、
この水の異常性についてはまだまだ解明されているとは言い難く、東京大学 生産技術研究所が『シミュレーションモデルを用いて、水が特異たるゆえんを解明する一歩となり、水の特異性を改めて強調することになる』「水の特異性の起源」という研究論文を2018年3月に発表しています(https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/2875/)。われわれが"使い倒している"水について、2018年まで識られていないことがあったということであり、まだ識られていないこともあり得るということでもあります。
しかし、こんな神秘的で不可思議な物質をわれわれ人類だけではなく、地球上のあらゆる生命体もその恩恵を受けています。さらに、「氷が水に浮かぶ」ということが、地球上の全ての水が凍ってしまうことを防いでいるという事実ひとつとっても、「水」が(4,540,000,000 ± 50,000,000)年もの間、地球環境の成立と維持に大きく貢献してきていることは間違いありません。もう少し敬意を持って、「水」という物質と向き合わなければならない気がしてきました・・・
毎度のことですが、まったく話を変えます...拍手の話です。
われわれが当たり前に使う拍手...「両手をぶつけるだけ」という"単純で手軽な音源"です。人はこの拍手をさまざまな役割で使い分けています。人を驚かせるときや人の注意を引く時の効果音を発生させるための活用、コンサート会場や表彰式などで、感謝や喜び、称賛といった気持ちを表すための「非言語コミュニケーションのツール」としての活用、フラメンコに伴う拍手(手拍子)や音楽界隈でのリズムの識別や打楽器的な活用、また変わったところでは、建築音響性能解析のための衝撃的で容易に得られる音源としての活用や、手拍子によって発生するエネルギーを、自己完結型でウェアラブルな持続可能な電源として活用する取組なども進んでいるようです。日頃意識せずに活用している拍手、「たかが拍手 されど拍手」です。
この拍手、先ほど"単純で手軽な音源"と書きましたが、重要なのは拍手によって発せられる"音"です。先ほど触れたフラメンコのパルマと呼ばれている手拍子は、低い音と高い音とを使い分けているので、手の叩き方も結構難しく練習が欠かせないようです。ではこの拍手の"音"は何の音なのでしょうか?(この拍手の音の話は昨年の9月頃新聞で取り上げられ話題になったので、「知ってる!」という方も多いのではないでしょうか?)
拍手の"音"の起点は「右の掌と左の掌がぶつかった音」ではあるのですが、これだけでは拍手と呼べる音量と音質を持った"音"にはなりません。試しに自分の左腕を右の掌で叩いてみれば拍手の"音"との違いは明白です(もし、このコラムを電車の中など人前で読まれているならば、今確かめることはお奨めしません)。では、人類がその黎明期から使ってきた拍手は、なぜ「拍手の"音"」を発することが出来るのでしょうか? 実はこの原理が解明されたのが先ほど触れた昨年なのです。
2025年3月にアメリカのコーネル大学と埼玉大学の研究チームがその原理をはじめて科学的に証明し「Physical Review Research誌」に論文を発表しました(https://journals.aps.org/prresearch/abstract/10.1103/PhysRevResearch.7.013259)。
この論文によると、「拍手の"音"」原理は「ヘルムホルツ共鳴」と呼ばれる現象の一種なんだそうです。「ヘルムホルツ共鳴」...やっかいなものが出てきました。空きビンの口に息を吹きかけて、「ボーッ」と音を鳴らしたことがあると思います。この「ボーッ」と鳴る原理が「ヘルムホルツ共鳴」です。ビンに息を吹きかける時、ビンの口に沿って横から吹きかけないと「ボーッ」という音は鳴りません。横から息を吹きかけることで、ビンの口の上では空気の流れが速くなります。するとその部分の圧力が下がり、ビンの中の空気が吸い出されるように動きます(「ベルヌーイの定理」と呼ばれる現象)。すると、吸い出されたビンの中の空気は反動で元に戻ろうとして、結果的にビンの中で振動(共鳴)が生じます。この過程で音波が生まれて一定の高さの音が鳴ります。この空気そのものの振動によって音が出る仕組みが「ヘルムホルツ共鳴」です。この仕組みが拍手をしたときに左右合わさった手の中で起きています。手と手の間に閉じこめられた空気が、親指と人差し指の根本のすき間から噴き出す時にビンの中の空気のように振動し、この振動が「拍手の"音"」を生じさせます。おもしろいのは手の形で「音の高さ」や「音の響き方」が変わるということです。先ほどフラメンコのパルマは、低い音と高い音とを使い分けていると書きましたが、拍手の仕方(左右の掌の角度や位置のずらしなど)を変えることで手の形を変えるのと同じ効果を得ているということになります。
拍手...実はとても複雑な原理の賜だったということです。もう少し「高級なものを扱う意識を持って」使っていこうと思います。奥深いです!
また、話を変えます...今度は「バタ足」の話です。
水泳で「バタ足」は基本中の基本ですが、なぜ「バタ足で」前に進めるのかご存じでしたか?
実はその理由は明確には解明されていませんでしたが、今年の5月に筑波大学と明治大学の共同研究グループが解明し、『粒子画像流速測定法を用いた水中フラッターキックの流体場解析:ドルフィンキックとの比較』という論文で発表しました。 (https://pubs.aip.org/aip/pof/article-abstract/38/5/051903/3388695/Flow-field-analysis-of-the-underwater-flutter-kick?redirectedFrom=fulltext)
この内容について触れるとコラムが長くなってしまうので、興味ある方は調べてみてください。ただ、ここでこの話を通じて実感してもらいたかったのは、身近な「バタ足」について「なんとなくやっていた」というレベルから「理由がわかった」というレベルに人類が昇華させることが出来た瞬間であるということです。
今まで述べてきた『水』、『拍手』、『バタ足』の話は、すべてscienceです。冒頭の『地震』の話も同様にscienceです。日本語では「科学」ということになります。広辞苑(第7版)によると、
【科学】
(science(フランス)・(イギリス)・Wissenschaft(ドイツ))(scientia(ラテン)は知識の意)
①観察や実験など経験的手続きにより実証されたデータを論理的・数理的処理によって一般化した法則的・体系的知識。また、個別の専門分野に分かれた学問の総称。物理学・化学・生物学などの自然科学が科学の典型であるとされるが、同様の方法によって研究される社会学・経済学・法学などの社会科学、心理学・言語学などの人間科学もある。②狭義では自然科学と同義。
※太字は執筆者が強調
とあります。科学とは何かを論じ始めると、それだけでコラム1回分になりかねないのでやめときますが、ここでは狭義の「自然科学」と捉えて使っています。
『水』、『拍手』、『バタ足』は、昨年から今年にかけてさまざまなことが"科学的に解明"されたのですが、この"科学的に解明"されていなかった時も存在し、われわれは利活用もしていました。ニュートンが万有引力を発見する前から「リンゴは木から落ちていた」のと同じです。すなわち(自然)科学は、自然界に存在するモノ・コトが始めにありきで、そのほんの一部を人間が見つけたり、予想したり、法則的認識をしたり、実験したり、観察したり、再現したりして、そのモノ・コトを「人類の知」として体系化し、人類の進化・社会の進化などで使えるようにする取組です。「この取組の始まりは"好奇心"」と話す研究者のなんと多いことか! その"好奇心"がもたらす(自然)科学の進化が、自然界のモノ・コトそのものや、モノ・コトから得られる原理・原則を、人間社会の中で人がコントロールしながら利活用できるように、浸透の度合いを高めていることに他なりません。これは古代文明の多くで、太陽の動きを巧みに神殿や祭殿などの建築に取り入れて、宗教的な行事を通じて政を行ってきたことからも明白なことです。特に欧州では科学と哲学がとても近い関係であることも理解できます。
科学は、"好奇心"が生み出すとても人間臭い活動の賜であり、人類が"好奇心"を捨て去ってしまえば、科学の進化もそこで止まってしまいます。
振り切れた見方ではありますが、自然界のすべてのモノ・コトが解明されると、さまざまな観点で人類の進化や地峡環境保全などで、想像もしていなかった拡がりを見ることが可能となるでしょう。人間に"好奇心"が存在する以上、この取組が無くなることはないと思いますが・・・その"好奇心"を育む環境が壊れようとしていることにも気付く必要があります。
人類の進化の中で、自然のモノ・コトの解明の取組は欠かすことができませんし、その動機となる"好奇心"も大切です。しかし今、IT 特に生成AIの活用がもたらそうとしていることは、「解明できないサイバー空間という人工的自然界をビッグバン的に創造してしまっている」と言えます。特にハルシネーションがこの解明できない状況をより複雑化しています。科学の進化と逆行するように生成AI(IT)が進化し始めています。さらに人が"好奇心"を持つまでもなく生成AIが「答え(?)」を"勝手に"提示してしまいます。まるで"好奇心"を叩き潰すかのように・・・
「純粋な自然界の解明」と「解明できない人工的な自然界の膨張」...いま現実に起きていて逆らうことは難しそうです。これが吉と出るのか凶と出るのか? 最後は人間の"好奇心"がどこまで持続できるかが鍵となりそうです。生成AIとの"協働"の根底に「"好奇心"を据える意識と意欲」を失わないようにしたいものです。
蛇足ですが...
今回紹介した『水』、『拍手』、『バタ足』の話、3件とも日本の研究者が解明しています。ノーベル賞受賞者が日本での基礎研究の担い手不足に警鐘を鳴らしていましたが、今回のような「身近な不思議」の研究の面白さが、若い人たちに伝わり、多くの人に"人間的な好奇心"が芽生え、花開くことを期待せずにはいられません。
〔本コラムの執筆に当たっては、"AI"は使っていませんが"ai(愛)"は使っています。〕
〔本コラムは偶数月の10日頃更新しています。〕

技術士(電気・電子部門)
永倉正洋 技術士事務所 代表
一般社団法人 人材育成と教育サービス協議会(JAMOTE)理事
1980年 日立製作所入社。 システム事業部(当時)で電力情報、通信監視、鉄道、地域活性化などのシステムエンジニアリングに取り組む。
2003年 情報・通信グループ アウトソーシング事業部情報ユーティリティセンタ(当時)センタ長として、情報ユーティリティ型ビジネスモデル立案などを推進。
2004年 uVALUE推進室(当時)室長として、情報・通信グループ事業コンセプトuVALUEを推進。
2006年 uVALUE・コミュニケーション本部(当時)本部長としてuVALUEの推進と広報/宣伝などを軸とした統合コミュニケーション戦略の立案と推進に従事。
2009年 日立インフォメーションアカデミー(当時)に移り、主幹兼研究開発センタ長としてIT人財育成に関する業務に従事。
2010年 企画本部長兼研究開発センタ長として、人財育成事業運営の企画に従事。
2011年 主幹コーディネータとしてIT人財に求められる意識・スキル・コンピテンシーの変化を踏まえた「人財育成のための立体的施策」立案と、 組織・事業ビジョンの浸透、意識や意欲の醸成などの講演・研修の開発・実施に従事。
2020年 日立アカデミーを退社。
永倉正洋技術士事務所を設立し、情報通信技術に関する支援・伝承などに取り組む。日立アカデミーの研修講師などを通じて、特に意識醸成、意識改革、行動変容などの人財育成に関する立体的施策の立案と実践に力点を置いて推進中。
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