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株式会社 日立アカデミー

情報のバイアスの源

- 最近 モヤモヤしていることからの考察 -

2024年2月13日'ひと'とITのコラム

今回のコラムでは、「情報を適正に見る事の難しさ」に言及しています。(以下、コラムより抜粋)
『すでに世の中で流通している情報はバイアスがかかっています。そもそも情報を見る側もさまざまな先入観的バイアスがかかっています。この先入観的バイアスは、対象となる情報に限定されるわけではなく、日頃の社会生活の中で、気付かないうちに"洗脳"されている恐れがあります。今回のモヤモヤしている部分はこの"気付かない洗脳"の始まりを見たのかもしれません。』
筆者が考える「情報のバイアスの源」とは何か?最近起こったいくつかの事件やニュースから、皆さまもいっしょに考えてみましょう。
(コラム担当記)

 2024年は、予想もしなかった災害や事故、事件で始まりました。特に「令和6年能登半島地震」は半島という特別な地形が影響し、やはり大きな被害をもたらした「平成28年熊本地震」などとは異なる様相を呈しています。さらに地震の翌日に発生した羽田空港での「衝突炎上事故」、テレビに映し出された炎に包まれる機体を見た時には、「これは多くの犠牲者が出てしまうなぁ」と心配になったのですが、JAL機の乗員乗客は16人がけがされたものの1人も犠牲者が出なかったことは、海外の有識者が指摘しているように「奇跡を目撃した」と思いました。一方の海上保安庁の飛行機に搭乗されていた5人が亡くなられたことは、地震の救援活動中ということでなんとも言えない気持ちになりました。この災害・事故の情報は報道やネットを通じてさまざまな形で共有されましたし、現在も共有され続けています。昔とは比較にならないほど「早く」「速く」「広く」「深く」「いつでも」さまざまなことを"知る(識る)"ことが出来ています。このことは、未だに終息しないロシアのウクライナ侵攻やガザ地区のイスラエルの侵攻などでも明らかなように、決して日本国内に限らずグローバルで、「現実を即座に共有出来る非物理的空間」の存在を実感させます。

 しかし今回、一連の情報に触れながらモヤモヤ感がずっとつきまとっています。モヤモヤ感の引き金となったきっかけは多々あるのですが、いくつか挙げてみます。

 「令和6年能登半島地震」で、地震発生後1週間頃から2次避難について注目が集まってきました。今回の地震では1次避難所でも断水、停電が続き、特に災害関連死の懸念が強まったことで多くの専門家やコメンテーターが2次避難の重要性について発信していました。当初は2次避難所の確保を急ぐべきとの論調が多かったように感じます。この後、2次避難するべきという論調に変わっていきます。背景として『2次避難所として確保された951施設で2万8337人まで受け入れることができる一方、実際に2次避難した人は792人に止まっている(数字は1月14日時点の石川県発表)』という1月15日の報道にあるように、2次避難を希望する人が少ないという背景がありました。この傾向は地震後1ヶ月経ってもあまり変わりはなく、特に石川県外で確保した約2万人分の2次避難所の利用者はまだいないということです。このような状況なので多くの専門家やコメンテーターの発言は、「2次避難が"正解"なのだから早く避難するべき」という論調となりました。確かに災害関連死を防ぐ観点で見れば、命を落とさないように行動することが"正解"と言いたくなります。しかし、なぜ被災していない人が被災した人の行動に正解とか間違っているとか言えるのでしょうか?実際さまざまな番組で「なぜ2次避難が進まないのか?」について取り上げていましたが、1次非難されている方々の声は、「地元に戻れなくなるのではないか」「持病があるのでかかりつけ医から離れたくない」「地域のコミュニティから離れたくない」「仕事を辞めたくない」「空き巣が心配」「片付けを続けたい」「知らない土地では落ち着けない」など人それぞれです。被災された方々にはそれぞれの事情や思いがあり、それぞれの人生経験を踏まえて "正解"を探されています。その"正解"をなかなか出せないで苦しんでいる方も多くおられます。外野からの"正解"の押し売りは、個別の事情で2次避難しないという選択をした人を、その人が(外野が言う)"正解"を選ばなかったという悪者にしてしまう可能性もあります。ただ、地元の自治体や知事、市町村長が2次避難を強く促すのは、外野の発言ではなくその地域の当事者として必要なことでしょう。ここで言いたいのはあくまでも外野の発言についてです。ではどのように外野の発言をするべきなのか? 私は「2次避難という選択肢が増えた」と言うべきと考えています。報道として2次避難のメリット/デメリットを敢えて外野から発信することは意味があります。被災者が自分の"正解"を考えるための重要で有効な情報になり得ます。大切です。しかし、ここに外野としての"正解"を押しつけてはならないのではないか・・・モヤモヤしています。

 次も「令和6年能登半島地震」に関連する話です。今回の地震は、漁港の海底が露頭するほどの地殻変動が起こりました。この結果電気・ガス・水道・通信の生活インフラが大きな影響を受けています。震災後1ヶ月の2月1日時点で、一時は最大約4万戸あった停電は復旧が進みましたが、輪島市や珠洲市など約2400戸で今も停電が続いています。水道は約4万戸で断水が続いています(2月1日時点)。復旧のめどは今月末から3月末を予定していますが、一部地域では4月以降になる見込みだということです。ガスは当初からあまり報道されていないので、調べてみると都市ガスは一時150件弱の供給停止が起こりましたが1月5日の朝までには普及しています。1月27日時点でガス小売事業(簡易ガス)については、住宅崩壊等により復旧困難な場所を除き供給再開しています。また、熱供給事業については、やはり1月27日時点で、供給支障はなく、被害情報もありませんでした。LPガスについて、一部ガスの受入設備が被災しましたが、限定的な出荷(在庫分)や代替基地からの振替出荷により供給されています。通信は、一時中継局200カ所が被災して停波し、情報の途絶で大きな影響が拡がりました。株式会社NTTドコモ、KDDI株式会社、ソフトバンク株式会社、楽天モバイル株式会社の通信事業者4社が非常時用の基地局の活用や、停電により設置されている可搬型発電機を動かし続けるための給油作業を共同して対応するなどが功奏し、かなりのエリアで通信が使えるようになっています。通信だけでなく、大きな災害時には電気、ガス、水道も被災しなかった地域の事業者が応援に駆けつける体制が構築されていることが、私自身は当事者ではないのですが、なぜか誇らしく思えました。さて、この生活インフラ関係の情報で気になったのが水道の復旧に関するものです。水道は水道管の破損状況の確認や河川の水を浄水場にくみ上げる設備の破損などに対処する必要があり、「平成28年熊本地震」や「東日本大震災」でも普及にかなりの時間を要しました。ただ、地震発生から1か月後の水道の復旧状況は、「東日本大震災」や「阪神・淡路大震災」では8割あまり、「平成28年熊本地震」ではほぼ完了していたので、時間が掛かっているのは確かです。多くの専門家は半島という地形と、先ほども触れた地盤の隆起が大きかった地震だったことが影響していると分析しています。ここで、マスコミ等の報道で使われていたのが「停電はかなり解消されたけれども、断水の解消は"遅れている"」という表現です。"遅れている"という文言は、「電車が遅れる」「学校に遅れる」「完成日より遅れる」という使い方に代表されるように、『予定などの一定の日時・時刻よりあとになる』という状況を示します。たしかに停電の解消等が進む中で、それよりはあとになるので"遅れている"という表現も間違っているわけではありません。しかし、"遅れている"という文言の印象は、「予定が存在しているものに間に合わない」というニュアンスが強いのではないでしょうか。今回の断水の解消は、そもそも復旧の見通しも立てられないほどの状況です。電気の復旧工事よりも時間が掛かります(電気の復旧工事が楽だといっているわけはありません)。しかし"遅れている"と聞くと、「断水の解消が停電の解消と同じ時期に成されるはずなのに(そんなことはないのですが・・・)水道だけが遅い」という感情に知らずうちにつながりそうです。ではどういう文言で言えば良いのか、他との比較を連想しないように「水道の復旧には時間が掛かっている」ではないでしょうか・・・モヤモヤしています。

 次は1月2日に起きた「羽田空港衝突炎上事故」に関連する話です。翌日の1月3日に『パイロット・管制官・気象予報官・客室乗務員・整備士・グランドハンドリングなど民間航空のあらゆる職場に働いている42組合、10,100名が集まって航空関係の職場に働く者の相互理解と連携を強めると共に、航空の安全を最大の課題にし、事故の撲滅を図ることを目的とする航空界最大の団体』である航空安全推進連絡会議(略称「航空安全会議」、「Japan Federation of Civil Aviation Workers' Unions for Air Safety」(JFAS))が声明を出しました(https://jfas-sky.jp/)。マスコミでも若干取り上げられたのですが、『(声明文抜粋)日本国内で航空機事故が発生した場合、警察が事故原因を特定することを目的に捜査することが通例となっていますが、これは国際民間航空条約(ICAO)が求める事故調査ではありません。』の部分だけがクローズアップされていました。日本国内で航空機に関わらず事故が発生すると、原因究明及び再発防止(運輸安全委員会による調査)と業務上過失のなどの刑事事案としての立件(警察による捜査)が並行して行われます。警察は事故そのものの解明が困難なので、運輸安全委員会のまとめる報告書を参考とします。すると事故に関わった当事者が訴追されないことを優先してしまい、真の原因究明につながらない懸念が指摘されてきました。私が観ていた範囲ではこの観点での報道がほとんどでした。しかし、声明では次のような行もありました。

 『(声明文抜粋)今般、東京国際空港で発生した航空機事故は、残念ながら航空安全が道半ばであることを示すと共に、運輸安全委員会の慎重かつ正確な事故調査が実施されるべきであることは言うまでもありません。従って、憶測を排除し、事実認定のみが唯一かつ最優先であることを正確に理解する必要があります。 それを実現するために、報道関係の皆様やSNSで情報発信する皆様は、今回の事故について憶測や想像を排除し、正確な情報のみを取り扱っていただきますようお願いします。』 マスコミや(私的なマスコミである)SNSの発信者に対する警鐘です。

 ところが、SNS上は言うまでもなく、報道を始めとするマスコミ上では「事故の原因探し」で賑わっていました。ある番組では、この声明を紹介している(先に触れた運輸安全委員会の事故調査を優先すべき部分だけの紹介)直後に、「なぜ、JAL機から滑走路上の海保機が見えなかったのか?」というテーマで、「普通は滑走路上に飛行機があれば見えるはずではないのか?なのになぜ今回は見えなかったのか?」的な話題に終始していました。元パイロットという人も出演していて、今回の条件では気づけない可能性もある」という話をしていましたが、他の出席者は「そんなことあるの?」的な流れで番組が進んでいました。その後も色々な番組で「なぜ、海保機は滑走路に進入したのか?」、「なぜ、管制塔(管制官)が滑走路上の海保機に気づけなかったのか?」、「ナンバーワンという言葉が原因ではないか?」等々、新しい情報が出てくるたびに、「それが原因なのか?」という"憶測にもとづく原因究明"が続いています。今回の事故に限らず、何か事故や事件が起こると、"原因探し、犯人捜し、犯行の動機捜し"などが盛んに行われます。いわゆるワイドショー的な番組は、その名の通り"ショー"ですから"原因探し、犯人捜し、犯行の動機捜し"などはある意味"娯楽"の範疇とも言えます。すなわち、視聴率が稼げると踏んでいるわけですから、多くの人が"原因探し、犯人捜し、犯行の動機捜し"が好きだということです。後に真実が判明したときに、憶測で行った"原因探し、犯人捜し、犯行の動機捜し"が合っていたかどうかの評価はされません。間違っていた場合の修正・訂正もないわけです。憶測の一人歩きです。しかもネットの普及でこの一人歩きが新幹線並みの歩速度となっています。先ほどのJFASの声明の懸念がよく分かります。なぜ、人は憶測による犯人捜しが好きなのか・・・モヤモヤします。

 最後は自民党のパーティー券売上環流問題です。これもマスコミやネットで大きな題材となっています。ここでは、問題の中味に触れようとは思いません。では何が引っかかっているのか? 「派閥解消しても国民は納得しない!」、これってマスコミや国会議員の発言でよく耳にしますよね。今回の事件以外でも記者会見などで「国民が聞きたいのは・・・」とか「国民は怒っています!」とか聞きます。では、この"国民は"という文言は一体何なのでしょうか?通常日本国籍を有していれば国民であり、その人は「国民の一人」という感じでしょうか。すなわち"国民"というのは「国家の統治権の下にある人民、国家を構成する人間、国籍を保有する者」の集合体と見ることが出来ます。そうすると先ほどの「国民は納得しない!」、「国民が聞きたい・・・」、「国民は怒っている!」は、日本国民という集合体(≒全員)が「納得しない」、「聞きたい」、「怒っている」ということ・・・? 全員とは言わないまでも7~8割ぐらいが同調しているように受け取れます。では、「国民は」と発信している人たちは「7~8割ぐらいが同調している」という根拠を持っているのでしょうか?多分いちいち確認などしていないでしょう。記者会見で記者がよく使うフレーズ「国民が聞きたいので話してください」は、国民全員が聞きたいわけではなく、記者自身が聞きたいことを国民に置き換えているようにも思えます(だからダメだというつもりではありません)。先日観たニュースショー的な番組でこんなことがありました。進行役のキャスターが「派閥解消しても国民は納得しませんよね。」と出席者に投げかけます。次に指名された若者との関わりが多いというコメンテーターが「いま若者は目の前の生活に関心があり、派閥云々にはまったく興味はありません」と発言しました。ん?国民を構成する若者は関心がない、ということは怒っているかどうかは分からないということです。この発言の後、やはり進行役のキャスターは「国民の気持ちにきちんと答えて欲しいですね。」と締めくくります。せめて多いかどうかの根拠は薄いとは言え「多くの国民の気持ちに~」とでも言い換える必要があったのではとないか・・・モヤモヤします。

 さて、モヤモヤした話をグタグタ書きましたが、このモヤモヤ感の裏に"情報のバイアス"を産み出す元凶が潜んでいるように感じます。
 このコラムで何回か「情報を適正に見る事の難しさ」について触れてきました。すでに世の中で流通している情報はバイアスがかかっています。そもそも情報を見る側もさまざまな先入観的バイアスがかかっています。この先入観的バイアスは、対象となる情報に限定されるわけではなく、日頃の社会生活の中で、気付かないうちに"洗脳"されている恐れがあります。今回のモヤモヤしている部分はこの"気付かない洗脳"の始まりを見たのかもしれません。
 「2次避難するのが正解」という刷り込みにより、いつの間にか「2次避難をしない事がおかしい」がさまざまな情報に触れるときの基準となりかねません。
 「水道復旧が遅れている」という刷り込みは、電気やガスと異なり自治体が運営していることも相俟って、無意識に行政への批判の要素となるかもしれません。
 「憶測での原因究明」にさまざまな形で触れ続けると、運輸安全委員会がまとめる調査結果などに対して間違った疑問や批判につながることも考えられます。さらに日本航空や海上保安庁の記者会見の席上で、記者が機長の氏名を明かすように迫る場面があったように、憶測による犯人扱いが起きるとも限りません。  「国民という文言」を使うことで、少数の感情や意見に過ぎないものが、いつの間にか多数派の感情や意見に化けている(感じてしまう)ことも考えられます。
 これらはすべて、プロパガンダのような意図的なものではありません。しかし、さまざまなバイアスにつながるきっかけには十分なり得ます。だから怖いのです。"情報のバイアス"という病気を予防するためには、日頃からの「引っかかり」や「モヤモヤ感」がワクチンとなります。あとは「引っかかり」や「モヤモヤ感」に気付くための「余裕」。情報リテラシー向上の原点かもしれません。

執筆者プロフィール

執筆者 永倉正洋氏

永倉 正洋 氏

技術士(電気・電子部門)
永倉正洋 技術士事務所 代表
一般社団法人 人材育成と教育サービス協議会(JAMOTE)理事
Mail:masahiro.nagakura@naga-pe.com

 

1980年 日立製作所入社。 システム事業部(当時)で電力情報、通信監視、鉄道、地域活性化などのシステムエンジニアリングに取り組む。
2003年 情報・通信グループ アウトソーシング事業部情報ユーティリティセンタ(当時)センタ長として、情報ユーティリティ型ビジネスモデル立案などを推進。
2004年 uVALUE推進室(当時)室長として、情報・通信グループ事業コンセプトuVALUEを推進。
2006年 uVALUE・コミュニケーション本部(当時)本部長としてuVALUEの推進と広報/宣伝などを軸とした統合コミュニケーション戦略の立案と推進に従事。
2009年 日立インフォメーションアカデミー(当時)に移り、主幹兼研究開発センタ長としてIT人財育成に関する業務に従事。
2010年 企画本部長兼研究開発センタ長として、人財育成事業運営の企画に従事。
2011年 主幹コーディネータとしてIT人財に求められる意識・スキル・コンピテンシーの変化を踏まえた「人財育成のための立体的施策」立案と、 組織・事業ビジョンの浸透、意識や意欲の醸成などの講演・研修の開発・実施に従事。
2020年 日立アカデミーを退社。
永倉正洋技術士事務所を設立し、情報通信技術に関する支援・伝承などに取り組む。日立アカデミーの研修講師などを通じて、特に意識醸成、意識改革、行動変容などの人財育成に関する立体的施策の立案と実践に力点を置いて推進中。

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