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株式会社 日立アカデミー

デジタル技術でアナログ環境を残す

- この1年で感じたこと -

2021年12月1日'ひと'とITのコラム

今やリモートワークが定着しています。リモートワークにはメリット・デメリットがありますが、仕事に没頭して自分一人の世界へ入り込んでしまいがちです。そこから実感すること、・・・この続きはコラムでお楽しみください。
(コラム担当記)

 今年もすでに12月、早いものです。秋以降、思いもしなかった収束傾向のコロナ禍ですが、猛威を振るっていても落ち着いても多くの人の頭からは消えることがないということは、"ウィズ コロナ"はすでに現実に定着しているのでしょう。

 昨年の9月に個人事業者として独立し、今年は会社という組織を離れて仕事をする初めての年でした。組織を離れてみてわかったことがいくつかあります。その中のひとつが最近コラムでも触れている「バイアス」です。
 前回のコラムで『デジタル時代、渡る世間はバイアスばかりです』と書きましたが、今回の話は「デジタル時代にかかわらず、渡る世間はバイアスばかり」ということです。前回のコラムではフィルターバブルを初めとするバイアスを「デジタル時代」の特徴的な現象として表現をしました。しかしデジタルの時代・デジタルの世界だけでなく、地域や組織でも存在している気がします。会社組織を離れると基本的には自分一人の世界(バブル)で仕事をします。すると今まで職場での会話や職場で起きていること、他の人の持つ情報などに触れることによりさまざまな場面で刺激を受け、思考の視点や視野、さらには思考の柔軟性など知らずうちに影響を受けていたことを実感します。一人だと、自分の小宇宙(バブル)から抜け出すことが難しく、つまらない発想・思考しか出来ないことにイラッとすることも多くありました。
 この「一人だと、自分の小宇宙(バブル)から抜け出すことが難しい」というのは、コロナ禍で急速に立ち上がったリモートワークの環境に潜む大きなリスクではないかとも思っています。出社していると自分のバブルの外界に触れることが出来ます。リモートワークでは基本的に自分のバブルに閉じ籠もることとなり、視野や視点の狭窄化が気づかないうちに当たり前となってしまいます。リモート会議で他の人とのコミュニケーションがあるとはいえ、日頃の雑談や周りの雑音などから得る"質の高い気づき"を得ることは難しいでしょう。いつの間にか業務の質やスキルの質が下がることにつながってしまうのではないでしょうか。
 しかし一方で、一人の環境でもどうにかして思考の視点や視野を拡げてみると、今までの視点や常識とは異なる拡がりを感じることが多かったのも確かです。同じ会社・職場の中での刺激は、結局その会社のバブルの中での刺激に過ぎず、いつの間にか会社人としてのバブルに閉じ籠もっていたのだとも思います。会社などの組織に居ると"らしさ"を感じることも多いのは、このバブルに染まっているからなんでしょう。これは、良い面もたくさんあります。ある意味一人ひとりがブランドを背負っていることにもつながります。「既知の解の解答」が求められ、その会社や組織の"色"を出すことが価値に直結していた時代は良いのですが、「未知の解の解決」が必要で多様な発想が求められる場面では、ジャマな存在とも言えます。いかに潜在的な会社のバブルを拡げるかが問われます。このような問題意識で、リモートワークの環境だからこそ実現しやすくなると言われている"副業"を見てみると、さまざまな課題があることは確かですが、自らのバブルを会社のバブルを超えて拡げる有効な手段になり得ると思えます。自分の成長のための活用を許容する環境を整えることも、一考の価値があるのではないでしょうか。
 脳のコンピュータはグリッドコンピューティング前提なのだと思います。人は自分のバブルを拡げることは出来ても自分のバブルの中から抜け出すことは出来ません。だからコミュニケーション=グリッドコンピュータ化により各人のバブルごとつなぐことで、その機能や特性、能力を高めたり拡げたりすることが求められます。このグリッドを形成するのは、杓子定規な会話だけでなく、雑談や耳に入るさまざまな"有意義な雑音"などです。リモ-トワークを真に活用するためには、"人"を見るだけではなく"人間(人の間)"に目を向けることも忘れてはならいと思います。

 話を変えます。
 今年の初めに車を買い換えました。最初は1月中旬納車予定だったものが、実際は2月頭となりました。理由はマスコミでも取り上げられた、世界的な半導体不足です。半導体そのものの不足だけではなく、東南アジアを中心とした部品生産・供給不足が追い打ちを掛けています。いずれもコロナ蔓延が真因であり、現在の状況はさらに深刻です。今までの"当たり前"がウィルス一つにあっさりと覆される・・・これも"ウィズ コロナ"として受け入れていく必要があるのでしょう。
 半導体不足が自動車の生産遅延に直結することは、昔では考えられないことです。確かに今の自動車はマイクロコンピュータを初めとしてデジタル(エレクトロニクス)が満載で、過去にない価値を我々にもたらしてくれています。この価値のひとつが「運転支援機能」です。第24回のコラム『"技術の活用"が普及・浸透するということ ― "運転支援"? "自動運転"? ―』で、最近の「運転支援機能」について触れました。買い換える前の車は国土交通省のITS専門会議の「自動運転の定義」では「レベル1」(「ACC((Adaptive Cruise Control:定速走行・車間距離制御装置)」 、衝突被害軽減ブレーキ、レーンキープアシストそれぞれ単独による運転支援)でした。これはこれで便利でしたし安心感も得られていました。ただし、立体駐車場などで定位置前に一端止まってしまうと、衝突被害軽減ブレーキ機能が働いてしまい前に進めなくなるのがやっかいでした。今までになかった"安全"という価値を手に入れるためには我慢しなければならないことがあるということです。IT活用で"情報漏洩"など不測の事態を最小化するために、多々のパスワードを設定・管理しなければならないのと同じですね。
 今回買い換えた車は、前述の「自動運転の定義」では「レベル2」です。 「ACC+レーンキープアシスト」により限られた環境で自動"的"な運転が可能となりました。レーンキープアシストの機能自体も差があり、「レベル1」ではレーンを外しそうになると警告とハンドルの戻しがはいりますが、「レベル2」では、さらに高速道路(正確には多くの場合自動車専用道路)の限られた道路でハンドルに手を添えているだけで、勝手にハンドルが切られます。さらに料金所や急カーブでは減速もしてくれます。時速50Km以下では完全に手放しで"自動運転擬き"を体験できます。これらは利便性の向上ですが、私に買い換えを思い立たせた一番の機能は、「ドライバー異常時対応システム」です。高速道路を走行中に意識を失うなど運転が出来なくなったと判断された場合には、ハザードランプを点灯し、クラクションを鳴らして周囲に注意を促すと共に徐々に減速して最後には停車してくれます。さらにこの状況を自動的にセンターに通報してさまざまな必要な手配をしてくれます。これは安心です。この機能を支えているのが運転者の顔を認識する赤外線カメラです。運転者が意識を失っているかどうか判断をしてくれます。先ほど時速50Km以下で手放しでも運転してくれると書きましたが、レベル2は運転者が前方を見ている必要があります。この前方を注視しているかの確認も赤外線カメラで行います。ちなみにレベル3では運転者が前方を確認している必要はありません(テレビを観ることも出来ます)。 また、運転中のすべてで、脇見していると「脇見に注意!」とすぐに注意を受けます。眠そうだと 「休憩しませんか?」「近くの休憩施設を探しましょうか?」と労ってくれます。それでも眠そうだと「警告!居眠り運転!」と叱られます。"警告!"ですよ!!  どうも私の目の細さはカメラでの認識では常に眠そうに見えるようで、労りを省いて突然叱られる(怒られる?)ことが大変多いです。結構ムカッとします。もう少し認識の学習をしてくれるとケンカにならなくて済むのですが・・・。
 今までにない"安心・安全"を手に入れるためには、車とケンカする副反応を受け入れる必要があります。さらに副反応を付け加えるならば"注意力保持の強い意志と柔軟な瞬発的対応力"が求められます。これは運転支援機能の使用と私自らの運転との境界領域で重要となります。高速道路で"自動運転擬き"を利用していると、とにかく"楽"です。この楽さは、アクセルやハンドルの操作をほとんどしなくても良いという肉体的なものもありますが、これら操作による緊張感や不安感の軽減という精神的な面で強く感じます。リラックスできるということです。しかし、運転支援機能は当然ながら盤石ではありません。あくまでも支援です。状況によっては機能が突然停止することもあります。私も運転支援機能が停止し、アラームとともに運転主体を突然強いられる状況を度々経験しています。この境界領域での現象は結構しんどいです。運転操作は基本的に"連続性"が必要です。突然運転主体となる瞬間は"不連続"となります。運転支援機能が停止する瞬間の状況が、例えば道路の通行車線の白線が擦れているような場合は、"不連続"でもまだ追従できるのですが、トンネルの出口で突然の大雨、さらにきついカーブで隣車線に大型トラックが走っているというよう状況で機能が停止しアラームが鳴るような場合(これは実際に経験したシチュエーションです)、"不連続"が大きなリスクとなります。瞬時でハンドルの"遊び"なども感じ取って柔軟に対処することを強いられます。すると自分で運転をするよりもリラックス出来るという価値を手に入れたはずなのが、"不連続"に対処する新たな緊張感という副反応が生じることになります。完全な自動運転機能が実現されればこの新たな副反応は表出しなくなると思いますが、技術の進化の過渡期では避けて通れないものなのでしょう。
 この"不連続"は自動車に限ったことではなく、ITも含めて技術と人との接点に潜むやっかいな壁です。IT活用の浸透・進化で実は多くの"不連続"が生じている気もします。仕事でも生活でも多くの場面でIT活用による"自動化=人がやらない"が進んでいます。今回のコラム前段の組織のバブルの話でも触れたように、われわれの脳のコンピュータは、目・耳・鼻・口・皮膚・筋肉など多くの多様なセンサーからの情報をもとにさまざまな発想などを創出します。多くの仕事を人手で行っていた時代は、多くのプロセスでこれらセンサーが機能する場面がふんだんに存在していました。ある意味多くの情報を得られていて、今以上に個人のバブルは広かったのかもしれません。しかし、昔は多くの場面が「既知の解の解答」前提でした。技術や経験に則った決められたやり方で人によるバラツキを少なくすることが求められていたため、個人や会社・組織のバブルを出来るだけ小さくすることが必要でした。ところが、「未知の解の解決」で多様な思考、発想が求められる現在、人のセンサーをどんどん機能させてバブルを拡げたいのですが、センサーを機能させられる場面が自動化されてしまい、拡げることが難しくなっています。IT活用の進化・浸透が、脳のコンピュータの適応性の最適化をジャマしている状況を引き起こしているとも言えます。
 前段のリモートワークもそうですが、IT活用を考えるときに、人の手作業での業務の置き換えというプロセス面での自動化だけで捉えるのではなく、そのプロセス遂行時の脳のコンピュータの動きも対象としてIT活用を考えることも大切でしょう。自動化で、ある作業がなくなるときに「脳のコンピュータのどういう思考も一緒に失われるのか」を導出し、それを補うためにどういった機能をITで実現するか、作業は楽にするが思考や"有意義な雑音"の機会を失わせないための機能を作り込むことも必要な時代を迎えてしまった気がします。先ほどの自動車の運転も、運転操作は楽になるけれど、自車の状況把握の"連続性"を担保するために運転者自身にどういう"負荷"をかけ続ければ良いのか。居眠りや脇見の警告もその一端かもしれませんが、もう少し踏み込んで状況の連続性を感覚的に把握できる機能が必要でしょう。
 これは、マンマシンインターフェースをどうするか、という昔からの取組にもつながります。ただ、従来のマンマシンインターフェースの取組は、「操作の利便性向上」「誤操作の防止」といった"操作面"に目が行きがちでした。しかし、これから求められるマンマシンインターフェースは、"操作面"だけでなく"感性"、"感覚"、"思考"といった部分への配慮が求められます。この辺も、このコラムでよく触れている「ITのコンピュータと脳のコンピュータの融合環境」の具現化の大切な要素だと思います。
 デジタル時代、アナログ環境を失なわせないようにデジタルをどう活用するか、が問われています。

執筆者プロフィール

執筆者 永倉正洋氏

永倉 正洋 氏

技術士(電気・電子部門)
永倉正洋 技術士事務所 代表
一般社団法人 人材育成と教育サービス協議会(JAMOTE)理事
Mail:masahiro.nagakura@naga-pe.com

 

1980年 日立製作所入社。 システム事業部(当時)で電力情報、通信監視、鉄道、地域活性化などのシステムエンジニアリングに取り組む。
2003年 情報・通信グループ アウトソーシング事業部情報ユーティリティセンタ(当時)センタ長として、情報ユーティリティ型ビジネスモデル立案などを推進。
2004年 uVALUE推進室(当時)室長として、情報・通信グループ事業コンセプトuVALUEを推進。
2006年 uVALUE・コミュニケーション本部(当時)本部長としてuVALUEの推進と広報/宣伝などを軸とした統合コミュニケーション戦略の立案と推進に従事。
2009年 日立インフォメーションアカデミー(当時)に移り、主幹兼研究開発センタ長としてIT人財育成に関する業務に従事。
2010年 企画本部長兼研究開発センタ長として、人財育成事業運営の企画に従事。
2011年 主幹コーディネータとしてIT人財に求められる意識・スキル・コンピテンシーの変化を踏まえた「人財育成のための立体的施策」立案と、 組織・事業ビジョンの浸透、意識や意欲の醸成などの講演・研修の開発・実施に従事。
2020年 日立アカデミーを退社。
永倉正洋技術士事務所を設立し、情報通信技術に関する支援・伝承などに取り組む。日立アカデミーの研修講師などを通じて、特に意識醸成、意識改革、行動変容などの人財育成に関する立体的施策の立案と実践に力点を置いて推進中。

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