ページの本文へ

Hitachi
お問い合わせお問い合わせ

株式会社 日立アカデミー

「伝える」 ことの難しさ

- サイバーとフィジカルの接点が難しい -

2021年5月28日'ひと'とITのコラム

「ジェネレーションギャップ」という言葉があります。日常において、世代間で関心事や価値観、考え方などが異なるときに使います。ジェネレーションギャップとまでは行かなくとも、自分の感覚で物事を表現すると、その受けとめ方が人によって違うということはよくあります。
今回のコラムでは、「常識や価値観、視点などの多様性を違った角度で見て」います。みなさまも思い当たる話があるのではないでしょうか。『「伝える」 ことの難しさ ― サイバーとフィジカルの接点が難しい ―』をお楽しみください。
(コラム担当記)

 このコラムでは、多様性の理解や異なる常識の共存などについて度々触れてきています。特に日本では多くの常識が共有されていて、「一言えば十伝わる」というのもあながち誇張ではなかったものが、最近はそれが難しい。難しいだけでなく、常識がまだ共有できていると思い込んでいることで誤解や曲解が蔓延っている。このことは、最近のネット上の誹謗中傷やさまざまな発言に対する過度な批判などの歪を生み出していることにもつながっているように思います。前回のコラムで「デジタル社会」について書きましたが、そもそもフィジカル(リアル)な社会をアナログと称するように、連続的な曖昧さが我々の生活や行動に潤いや余裕を与えていたように思います。特に日本では欧米と比べ、この傾向が強かったと言えるでしょう。これは、日本人同士のコミュニケーションでは美徳的な感覚ですが、yes/noを明確にすることが前提の欧米人とのコミュニケーションでは不評でした。デジタルは基本的に0か1です。曖昧さの排除です。日本ではまだ慣れていません。慣れていないことに気付いていない人の方が多数派でしょう。だから欧米では「異なる意見の"展示"」で進むものが、日本では「同一意見の"展示"(異なる意見の排除)」になってしまいます(ただし、最近の"分断"と呼ばれている米国の状況を見ると、変化している気もしますが・・・)。常識や価値観、視点などの多様性とうまく付き合って行くためには、日本だけでなくグローバルでまだまだ時間がかかりそうです。
 今回は軽い話を元に、常識や価値観、視点などの多様性を違った角度で見てみたいと思います。
 いま、「軽い」と書きました。みなさんはどの程度「軽い」と思われましたか?そもそも何が「軽い」のでしょう?「軽く読める」とは「あまり考え込まずに読める」とするならば、考え込む「量」が軽い・重いはどのように決まるのでしょうか?面倒くさい話になってきました。この時点で「軽くない話」と言われそうですね。

 先日床屋に行きました。トイレを借りたのですが、照明のスイッチ脇の手書きの張り紙に書かれていた文言が気になりました。それが今回のコラムを書こうと思ったきっかけなのですが、「カチッ!!と鳴るまで押して下さい」とありました。「カチッ!!」の部分が少し大きく目立つように書かれていたので余計気になりました。「強く押してください」だけでもいいと思ったのですが・・・ 実際に押してみてわかりました。スイッチをしっかり押しても点灯せず、さらに押して「カチッ!!」と鳴ると点灯します。接触の問題で2段構えとなっていました。床屋の夫婦に「カチッ!!」の表現が気になったけれど、実際に押してみて「カチッ!!」の意味がよくわかったと伝えたところ、こちらの想定を超えて喜んでいました。最初は「強く押してください」だったそうです。しかしお客さんから「強く押しても点かない」と言われることが多かったそうで、表現の仕方を夫婦でかなり悩んだとのこと。その結果たどり着いたのが「カチッ!!」。なるほど、「強く」という感覚や動作は人によって"差"がありますが、「カチッ!!」は現象の共有なので、人による"差"を排除できます。床屋の夫婦はこんな理屈で考えたのではなく、何しろ「わかりやすく伝えるにはどうすれば良いのか」を熟考した結果です。素晴らしいです。

 別の話です。
 駐車場などで、「前向き駐車でお願いします」という表示を目にすることがあるかと思います。この場合、駐車スペースに車の頭から入れますか?それともバックで入れますか?ある調査によると若干頭から入れるが多いのですが、ほぼ半々という結果です。日本では、駐車するときはバックで入れるというのがほとんどです。「日本では」と敢えて書きましたが、グローバルすべてがそうだというわけではなく、日本の特徴とも言えるようです。さて「前向き駐車」、多くの場合駐車スペースの先に民家があったり花壇があったりするケースが多いですね。すなわち排気ガスが悪さをするので、民家や花壇側に排気管(マフラー)を向けないように注意を促しているわけです。しかし、実際は結構バックで入れているケースを見かけます。「前向き駐車」の表示を無視している人が多いのだと思っていたのですが、先ほどの調査結果にあるように、無視しているのではなく頭から入れる人、バックで入れる人共に表示を尊重しています(一定数の無視している人、気がつかない人は当然いますが)。同じ表示なのに人によって正反対の結果となるということです。
 この駐車場の話に似た話です。電車の終点駅(始発駅)では、着いた電車が折り返すことになります。私は小田急線をよく使っていました。今はなくなったのですが、小田急線は"新宿発箱根湯本/江ノ島行き急行"のように途中駅で編成が分割する運用が当たり前の時期がありました。すると乗り間違えのリスクがあるので、各駅では「前4両が急行箱根湯本行き、後ろ6両が片瀬江ノ島行きの急行です」と、くどいようにアナウンスされます。ここでわかりづらいのが折り返し(始発)駅の新宿駅です。整列乗車をして電車を待っていると想像してください。折り返す電車がゆっくり新宿駅のホームに入ってきます。するとアナウンスが流れます。「到着の電車は、折り返しの急行箱根湯本、江ノ島行きです。前4両が箱根湯本行き、後ろ6両が江ノ島行きとなります。お乗り間違えのないようにご注意ください!」、「前4両?、後ろ6両?」。駅員は折り返した後の視点で「前」「後ろ」と言っています。でも、目の前では到着する電車がゆっくり動いています。動いている電車を見れば動いている方向、すなわち新宿駅の行き止まり側が「前」です。止まって折り返す段になると180度ひっくり返ります。すなわち「前」が「後ろ」になります。当然のことを面倒臭く書いています。もうおわかりですね。電車到着時の駅員のアナウンスは、実は混乱の元凶となってしまいます。(小田急の名誉のために補足します。小田急は分かりにくいアナウンスを放置していたわけではなく、さまざまな工夫で乗り間違いの防止に力を入れていました。例えば「前」「後ろ」ではなく、乗車ホームから見て「右手4両」「左手6両」などの表現もありました。)
 駐車場の話、電車の案内の話で共通していることは、「前」「後ろ」という相対的な方向の認識と「前」「後ろ」が変わる現象であると言うことです。駐車場に車を駐める前と後(これは時間的な前後です)、電車が到着して乗客や運転手、車掌が入れ替わった前と後(これも時間的な前後です)で、方向的な「前」と「後ろ」が変わります。すると、人がどの時点で方向を認識するかで判断が分かれることになります。決して表示やアナウンスを無視したり間違って解釈しているわけではないということです。駅つながりで、「電車が参ります。黄色い点字ブロックの内側でお待ちください」のアナウンス。昔は「白線の内側」でしたが・・・ この「内側」も人によってバラつくようです。車両中心で見ると、「内側」は電車内となります。すなわちホームは「外側」です。駅でのアナウンスは安全確保が目的です。当然求めているのは点字ブロックの線路側(=外側)に立ったり歩いたりしないように、と言うことなのですが、引っかかる人も一定数いるようです。これも人によって判断基準が異なる例でしょう。

 さらに別の話です。
 いまみなさんは正面から鏡を見ているとします。右手を挙げた状態としましょう。ここで質問です。鏡の中のあなたは、右手を挙げていますか?左手を挙げていますか?私は「右手」と答えてしまいます。実は「右手」と答える人も「左手」と答える人両方います。恐らく今回のように改めて質問されて答える場面でもなければ、自分が思っている方が当たり前と感じている人も多いと思います。なぜ両方いるのか。心理学的な側面と、鏡に映るときに左右は逆になるけれど上下は逆にならないことなどが絡んでいるようですが、実はまだ解明されていないとのことです。自動車のバックミラーは左右逆には映っていない・・・?! 鏡は摩訶不思議な世界です。

 もうひとつ別の話です。
 エレベータの開閉ボタン。最近はピストグラムが多いのですが、「開」と「閉」に悩むことがあります。正確に言うと、前は悩まなかったのですが、ある人の指摘を聞いた後悩むようになりました。その指摘とは、ピストグラムの見え方が人によって異なるというものです。本来は見る人によって違いが出ないようにピストグラムが存在するはずですが、それを超えた感覚が存在しています。次の絵で分かってもらえるでしょうか?(何しろ幼き頃から絵心は全くないので、頭に体操的になってしまうのはご容赦下さい)

エレベータのピストグラムの怪イメージ

これを知った後は、エレベータのボタン操作が怖くなりました。

 さて、いくつか日常での事象を紹介しました。もうおわかりと思いますが、これらに共通しているのは、強い・弱い、軽い・重い、前・後ろなど相対的な表現は人によって基準が異なるということです。しかもやっかいなのは、基準ですから自分の基準と他人の基準が異なる可能性に、ほとんどの場合気がつかないということです。このコラムでも何回かデータリテラシーで、人によって常識や感覚の違いで解釈が異なることを指摘しました。今回思ったことは、これだけではなく、コミュニケーションの部分でも大きな落とし穴が存在するということです。フィジカル世界の限界をサイバー世界に構築された"写像空間"で超えて、その価値・効果をフィジカル世界に戻すことが当たり前の社会になろうとしています。カチッとしたデジタルとふにゃとしたアナログの2つの世界を渡り歩くときに「適切なコミュニケーション」が必要となります。ここに人によって異なる基準をどのように共存させるのか。基準を見える化して共有出来るものもあります。相対的な言葉ではなく絶対的な言葉を探すことも、今まで以上に大切になるのかもしれません。ただ、絶対的と思える言葉も必ずしもそうではないケースもあります。

「右回り」「左回り」の怪イメージ

例えば回転の方向を示す「右回り」「左回り」。みなさんはこの表現で絶対的な基準にすることが出来ますか?右の図で〈A〉は誰が見ても「右回り」でしょう。しかし〈B〉はどうですか?私は「左回り」にも見えてしまいます。これは矢印の位置の問題でもあります。円の右側に矢印がある場合と円の左側にある場合で、見え方が異なります。ここの絶対的な基準になり切れない要因があります。「時計回り」と表現すればまだ混乱は少ないかな。この「時計回り」、余談ですがなぜ「右回り」なのでしょう?実は、もし時計が南半球で発明されていたら「時計回り」=「左回り」となっていたかもしれません。針の回る方向は、時計が発明される前に使われていた"日時計"の影の動きに倣った経緯があります。北半球では"日時計"の影は右回りです。南半球では左回りです。事象の由来まで遡ると、絶対的基準と思われるものも危うくなります。
 言葉選びで解決できるものばかりではありません、鏡の例のように人の本能・心理的な要素もあり、なかなか一筋縄で解決することは難しそうです。その場その場での臨機応変・柔軟な思考や視野の拡大が求められます。デジタルの普及は、アナログの潜在的要素の顕在化というアナログの世界では求められなかった人間味溢れる要素が必要なのかもしれません。

 タレントの滝沢カレンさんが昨年発刊した 『カレンの台所』(滝沢カレン・著/サンクチュアリ出版・刊)が結構話題となっています。料理本やレシピも「砂糖を少々」、「塩をひとつまみ」、「みりんを適量」など相対的な言葉が使われています。『カレンの台所』では滝沢カレンさんの独特な表現満載です。

  • 卵の掻き回し方→「むしゃくしゃな気持ちでかき混ぜてもらって」
  • 砂糖の分量→「『まあ、こぼしたって明日拭くか』ぐらいです」
  • 水と酒の量→「水二口で飲むくらいの量と、お酒一口飲むくらいの量を入れます(飲まないでください)」
  • 野菜の切り方→「包丁を信じてそれぞれ思い思いに好きに切っていきます。口にこんな形だったら運んでもいいなを見つけてください」

 いかがですか?絶対的な基準の表現からはほど遠いのですが、ある事象を基準が違う多くの人達に、それぞれの基準で理解してもらうけれども、決して間違っては理解させない"力"みたいなものを感じます。
 これからの時代、ぶっ飛んでいると思えるものの方が役に立つのかもしれません。

執筆者プロフィール

執筆者 永倉正洋氏

永倉 正洋 氏

技術士(電気・電子部門)
永倉正洋 技術士事務所 代表
一般社団法人 人材育成と教育サービス協議会(JAMOTE)理事
Mail:masahiro.nagakura@naga-pe.com

 

1980年 日立製作所入社。 システム事業部(当時)で電力情報、通信監視、鉄道、地域活性化などのシステムエンジニアリングに取り組む。
2003年 情報・通信グループ アウトソーシング事業部情報ユーティリティセンタ(当時)センタ長として、情報ユーティリティ型ビジネスモデル立案などを推進。
2004年 uVALUE推進室(当時)室長として、情報・通信グループ事業コンセプトuVALUEを推進。
2006年 uVALUE・コミュニケーション本部(当時)本部長としてuVALUEの推進と広報/宣伝などを軸とした統合コミュニケーション戦略の立案と推進に従事。
2009年 日立インフォメーションアカデミー(当時)に移り、主幹兼研究開発センタ長としてIT人財育成に関する業務に従事。
2010年 企画本部長兼研究開発センタ長として、人財育成事業運営の企画に従事。
2011年 主幹コーディネータとしてIT人財に求められる意識・スキル・コンピテンシーの変化を踏まえた「人財育成のための立体的施策」立案と、 組織・事業ビジョンの浸透、意識や意欲の醸成などの講演・研修の開発・実施に従事。
2020年 日立アカデミーを退社。
永倉正洋技術士事務所を設立し、情報通信技術に関する支援・伝承などに取り組む。日立アカデミーの研修講師などを通じて、特に意識醸成、意識改革、行動変容などの人財育成に関する立体的施策の立案と実践に力点を置いて推進中。

Facebook公式ページ Linkdin公式ページ YouTube公式チャンネル