- 「育児"休業"」は"休業"と呼ぶべきではない -
2018年7月25日'ひと'とITのコラム
「働き方改革」により最近のワークスタイルは多様化してきたと実感します。当社においてもサテライトオフィス勤務や在宅勤務がごく自然に取り入れられるようになっていますし、ICTを駆使すれば場所や時間に制約を受けずに働くことができます。これにより社員が仕事を効率よく進めることができるようになっています。
しかしその一方で、ICTの発達により仕事とプライベートの明確な線引きが難しくなっていないでしょうか。
今回は、「ワーク・ライフ・バランス」をさらに前進させた考え方、「ワーク・ライフ・インテグレーションを取り上げています。『仕事そのものはワーク・ライフ・バランスですが、成長はワーク・ライフ・インテグレーションで考える。(本文より抜粋)』
さあ、人間力の成長について考えてみましょう・・・
(コラム担当記)
第8回のコラムで『「人間力」とは何か? -「人間力」開発のためのOJT-』というテーマで、「IT活用力」の源であるが曖昧模糊としていて育成に悩む「人間力」について書きました。この中で「人間力」の育成について触れた部分を抜粋します。
『脳科学からの示唆は、「人間力」を構成する要素は、後天的に身につき向上させられるものと、性格や資質、成長の過程での経験などによる先天的なものがあるようです。特に先天的なものは当人の「人間力」の基盤として大きな影響を及ぼします。』
『「人間力」の修得には"場面"が必要です。形態上OJTです。では、過去のOJTの踏襲という考え方でいいのでしょうか? 多様性を認め多様性を新たな価値創出の源泉としなければならない時代、いかに多様性の層を厚くしていくのか? 従来にない斬新な価値を創出するためには、過去になかった「人間力」を糧にすることが必要です。すなわち「人間力」育成は、過去の経験を踏襲する"金太郎飴"前提ではなく、過去に無い/指導する側に無い「人間力」も育てることが必要となります。伝承としてのOJTではなく、育成の「場」としてのOJTです。組織の継続ではなく、従来にない価値創出の可能性を持つ人財の育成を主目的としたOJTです。』
このときには知識・技術の習得とは異なるOJTの実践の大切さに触れました。 換言すると「人間力」の成長をOJTという"ワーク環境"に求めました。
「人間力」は、その人の『性格や資質、成長の過程での経験などによる先天的なもの』が大きな影響を与えています。 ということは、これからの成長はその人のライフシーンすべてで為されるということでもあります。 「仕事で必要な成長は仕事で習得する」というのは、仕事の知識や技術、スキルの場合に当てはまることであり、「人間力」の修得では無理がありそうです。
ワーク・ライフ・インテグレーションという言葉があります。 これは慶応義塾大学の高橋俊介教授や経済同友会の提言によって提唱されました。 平成19年に内閣府が発表した「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」の中であまり注目されていませんが、「仕事と生活の調和や"「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」の実現"が実はワーク・ライフ・インテグレーションに近い考え方です。 ワーク・ライフ・バランスが仕事とプライベートの「2者バランス」という考えから、「仕事もプライベートも人生の一部であると発展させた考え方です。 ここで念押ししたいのは、決して「プライベートも仕事の一部とする」ではないということです。 日本ではワーク・ライフ・バランスが定着しつつある段階なので「インテグレーション=統合」には違和感があるかもしれません。 しかしスマホやIT環境の充実により、この環境を通すと"公"と"私"の区別は意味がなくなります。 プライベート中でも簡単に仕事環境が飛び込んできます。 「公私のバランス≒公私を分ける」だけでは無理がある時代です。 「公私を一旦統合して考えてからバランスさせる」ことが必要なのかもしれないということです。 昔、事業コンセプトの策定と定着化の仕事をしていたときにこんなことがありました。 事業コンセプトは、その事業を通じてお客さまや社会にどういう価値を提供していくか、という事業の原点を定めるものです。 すなわちすべての従業員の仕事のやり方や意識をコンセプトに合わせることが求められます。 従業員にコンセプトを理解・納得してもらうために、全事業所を回って説明会などを行いました。 このときに日本国内の事業所の従業員から「ぜひ説明してくれ」という声は挙がりませんでした。 説明に対し基本的には受け身です。 まあこれが普通です。 しかし、当初説明会を予定していなかったアメリカの事業所の現地従業員からは、「ぜひ説明してくれ」という声が届きました。 なぜなのか? 従来とは異なる事業コンセプトが発信されたということは、そのコンセプトと自分の信条が異なる相容れないものであるならば、会社を変わる必要がある。 その判断をするためにも説明して欲しい、ということなのです。 信条と仕事(会社の方針)を一体として考える、ワーク・ライフ・インテグレーションです。 日本でも、若い人を中心に東日本大震災の経験から「社会貢献志向」が強くなったと言われています。 その現れがボランティアの浸透です。 人生経験全体で自分の出来ること、すなわち自分が創出する価値を、自分のためだけではなく自らの信条と融合させていくことが広まって来ているようにも感じます。
話を「人間力」の成長に戻します。
「人間力」の成長は、新しい取り組みです。 従来会社の中ではあまり必要とされてこなかったものです。 すなわち、会社の中だけで修得しようとしてもその環境が存在していないことが多いということになります。 ではどこに求めるか? そもそも「人間力」はその人のライフシーンすべてが影響するのですから、会社だけでなくプライベートのさまざまな機会に目を向けざるをえない、ということです。 これはワーク・ライフ・インテグレーションの考え方の上に立てば、さほど違和感は生じないのではないでしょうか。 人間の成長は、公私を分けては語ることはできませんから当然と言えば当然なのです。 しかし、会社での人財育成にプライベート環境を活用した具体的施策や制度が、ほとんど見られないのも現実です。 一概には言えませんが、多趣味の人の方が思わぬ発想をすることが多い。 発想力を豊かにするためには、思考回路を発達させることよりも、社会的一般知識をいかに広く持つかの方が大切です。 社会的一般知識は、会社・仕事だけで広げるには限界があります。 多趣味の人は興味の対象が広いので、プライベート中に社会的一般知識がどんどん蓄積されます。 プライベートの活動が仕事の活動に効果をもたらしているのですが、基本的に仕事のために多趣味であるわけではありません。 たまたまです。 会社で必要とされる人財育成を"たまたま"の偶然に頼るわけにはいきません。
ではどうすればいいのか?
ワーク環境の限界をプライベート環境に"積極的に"求めるしかありません。 仕事そのものはワーク・ライフ・バランスですが、成長はワーク・ライフ・インテグレーションで考える。 このためには今までの"当たり前"を変える必要もあります。
みなさんの周りで、育児休業から復帰した人が休業前とは大きく変わった、ということはないでしょうか? 私は感じたことが(複数)あります。 前よりも段取りが良くなった、判断が速くなった、良い意味で細かいことにとらわれなくなった、勘所を的確に押さえるようになった 等々。 おそらく育児という環境が成長させたということでしょう。 では会社の中でこのような成長を促す環境を提供できるか、難しいでしょう。 育児休業は人財の成長という観点からは非常に有効であると言えます。 しかし、多くの人が育児休業に対して不安を感じているのも現実です。 職場から離れる空白期間のロス、昇格が遅れる、職場に迷惑をかけてしまう、戻る場所があるのか・・・。 確かに業務の遂行という面だけから見るとこうなるでしょう。 業務上の成果を出さないわけですから"空白期間"と見なされます。 けれども、人財の成長という面では大きな効果が期待できます。 これらを両立させるための第一歩は「休業」という言葉をやめることなのではないでしょうか。 「休業」は「休み」です。育児で業務を休むから「休業」。 日本では、1991年に制定された育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児介護休業法)によって「育児休業」という言葉が定められています。 これが現状の"当たり前"です。
育児は会社にとっても人財育成で大きな成果が期待できます。 しかも会社の中では提供できない大きな機会です。 この機会を利用して従業員が会社の将来に大きな効果をもたらす可能性がある。 ならば「休業」ではないですよね。 育児の期間を会社として積極的に活用する意味を込めた名称にするべきなのではないか。 と思ってこのコラムを書いているのですが、良い名称が浮かんでいません。 「休業」という言葉を取るだけのレベルで「育児ターム(期間)」。 人財育成の流れから思いつくのが「Off-JL(育児)、Off-JTではなくOff-JLです。 以前にも書きましたがT:Training ではなくL:Learningです。 今まで書いてきたことは育児だけでなく介護も同じでしょう。 さらに育児や介護のような、ある意味必要に迫られる環境ではなく、自らがグローバル経験で成長するという従来だと「休職」扱いとなるものも対象とすれば、「Off-JL(○○)」という形で色々なケースを取り込むことも可能でしょう。 また、昨今議論が出てきている「副業」も成長の大きな糧となり得ます。 昔聞いたあるグローバル企業の話。 日本でもベンチャー起業がブームの時代がありましたが、その企業ではベンチャー起業を理由に退職した人を、もう一度雇用する制度がありました。 再雇用ということは、そのベンチャー起業が失敗、すなわち倒産した後の話です。 なぜ再雇用するのか。 普通企業では倒産などの「失敗経験」は得られません。 しかしベンチャー企業で経営と倒産という経験をした人は得がたい人財ということです。 そのときにベンチャー企業が抱えていた顧客もそのまま引き継ぐことで販路も拡大できます。
長年の雇用制度や法律、常識などが積み重なっていますので、そう簡単にはいかないとは思います。 職場の周りの人の負担が増える事に対する方策なども必要です。 しかし、せっかく会社では得がたい環境があり、働き方の改革を推し進めようとしているのですから、変えられることから変えていかなくては何も進みません。
ワーク・ライフ・バランスを前提としたワーク・ライフ・インテグレーションの具体化。 「人間力の成長」が求められる以上、この具体化を立体的に進めていくことが求められているのではないでしょうか。
技術士(電気・電子部門)
株式会社 日立アカデミー
主幹コーディネータ
一般社団法人 人材育成と教育サービス協議会(JAMOTE)理事
日立製作所でシステムエンジニアリングの経験を経て、2009年に日立インフォメーションアカデミー(現:日立アカデミー)に移る。企画本部長兼研究開発センタ長としてIT人財育成に関する業務に従事。2011年以降、主幹コーディネータとしてIT人財に求められる意識・スキル・コンピテンシーの変化を踏まえた「人財育成のための立体的施策」立案と、 組織・事業ビジョンの浸透、意識や意欲の醸成などの講演・研修の開発・実施を担当している。
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