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株式会社 日立アカデミー

人間は、すごい!

-ムンバイの「ダッバーワーラー」に学ぶ-

2016年5月26日'ひと'とITのコラム

囲碁のAI(人工知能)が世界最強といわれるプロ棋士に圧勝して以来、ディープラーニング(深層学習)という技術が脚光を浴びています。そして、ITが基盤となった現代社会において人手に依存するプロセスのほとんどがITに置き換えられてきた歴史を考えると、この勢いでAIが進化したら近未来は ...と思わず考えてしまいます。しかし、私が知らないだけなのかも知れませんが、世界は広いものです。人間はまだまだすごい!と思わせる過去も現在も未来もITに置き換えてはいけない、置き換えるべきではないプロセスが存在していたのです。

 唐突ですが・・・ 『毎日午前中に20万個の荷物を集荷し、一個当たり6回以上中継されて各々の目的地に配達され、午後にそれらを回収して各々の集荷元に戻す。』 という事業。エラー率(誤配率)が1600万回に一度、0.00034%以下がめざす姿といわれるシックスシグマ(品質管理手法)のエラー率でいうと0.00000625%で余裕でクリア。 顧客からの苦情は無いという顧客満足度 100%。 宣伝なしで年5~10%で成長。 勤続30年もザラにいる超低離職率。 リストラ、刑事罰・民事訴訟の記録なし。ISO9001取得済み。超エクセレントカンパニーです。

 ITを生業としている人にとっては、「どんなIT活用をしているのか?」、「さぞや素晴らしい工夫があるのでは?」、「IT導入のベストプラクティスとして学びたい」などの思いがよぎる話です。

 この事業、インドのムンバイで約125年前から続く「ダッバーワーラー」という事業です。 ご存じの方も多いのではないかと思いますが、「ダッバー=弁当」+「ワーラー=配る人」、「弁当配達人」です。 この弁当配達事業、ITを使っていません。 正確に言うと、事業の根幹は125年間からまったく同じやり方を連綿と受け継いできていますが、最近は顧客からの申し込みの部分でインターネットを使っているようです。

 簡単に概要を説明します(詳しくは「ダッバーワーラー」で検索してください。写真を見ればこの事業のすごさを実感できます。)。 たずさわっている人は5,000人ほどで、ムカダムというグループリーダが30人ほどのグループを束ねており、ムカダムはグループの中の最年長者が就く決まりとなっています。 給料はみな同額です。 要は"変な"出世競争なるものは存在しません。 契約している顧客は現在約20万人。 ダッバーワーラーは毎日、この20万人の家から弁当を集め、職場に届け、空になった容器を家庭に戻します。 日によって集配する場所や時間が変わるのですが、まず間違えることはないそうです。 午前中に自転車や徒歩で弁当の集荷を行ない配達人一人あたり10~20個の弁当を集めます。 弁当は普通2段~4段位で飲み物もあるのでかなりの重量となります。駅前で配達人が集めてきた弁当を降車駅毎に仕分けします。 電車(荷物コンパーメント)に乗り込み、駅毎に乗り込んでくる別のグループが集荷してきた弁当と合わせて降車駅毎にまた仕分けします。 降車駅では配達先エリア毎に再仕分けをします。 駅からは徒歩や自転車、大八車でそれぞれの配達先まで届けます。 午後は、弁当の空き箱を集め、午前とは逆の流れでそれぞれの家庭まで届けます。 弁当箱の識別(持ち主や届出先)は弁当箱に書かれている文字・記号だけで為されています。これも125年間変わっていません。

 なぜ、ムンバイでは「ダッバーワーラー」が今でも続いているのでしょうか? よくインドの通勤状況がテレビなどでも放映されますが、凄まじい通勤ラッシュが大きな背景です。 日本でも高度成長期には「押し屋」と言われるアルバイトがいたぐらいの通勤地獄でしたが、それよりもすごい状態です。従って、列車に乗るだけで精一杯、弁当を持ち込むことなどとても無理なのです。 では、外食にすれば良いのでは? 日本ではまずそうなるでしょう。 しかしムンバイでは「食べることはとても大切なこと」という考えや、宗教による食材の選定などの理由から、家庭の味を大切にする人が多い。 だから「ダッバーワーラー」なのです。

 ITが基盤となった現代社会、人手に依存するプロセスのほとんどがITに置き換えられてきた歴史があります。 「ダッバーワーラー」のプロセスもIDタグや自動仕分け、今だとドローンなどITを駆使したロジスティックシステム活用の対象として充分に面白いプロセスです。

 しかし、IT化の価値とリスクを考えてみるとどうでしょう? IT化するべきなのでしょうか?  何しろ「ITシステムがダウンしたから20万人以上が昼食抜きになった!」というわけにはいきません。 先に述べたように並のシステムよりシックスシグマのエラー率は桁違いに低いのです(アメリカの空港での荷物ロス率は0.0018%という数字もあります)。 これだけでもIT化の方がリスクが高いと言えます。 普通は人手のプロセスをIT化する効果に「エラー率の低減」があるのですが、この場合はどうも逆のようです。 さらに5,000人の継続的な雇用や伝票を書くことによる識字率向上などIT化すると失われてしまう社会貢献という価値もあります。本コラムでたびたび触れてきている「IT洞察力」、すなわちIT活用による「影響推察力」、「限界推察力」、「課題発見力」、「アウトカム推察力」、「動向変化洞察力」を駆使した思考が求められます。 この「ダッバーワーラー」は、このような洞察力もって、今そして今後もIT化せずに生き続けるのでしょう。

 しかし・・・これだけ複雑な仕組みを構築し、永年実行し続け、先に述べた品質と顧客満足度維持している。 人間ってすごい生き物なんだとあらためて思わされます。 チェス・将棋・囲碁がAIに負ける時代を迎えても、ITを超える価値を5,000人の人間が創出し続けることができるのです。

 「ダッバーワーラー」の組織目標は、「親しい人が調理した昼食を配達することで、顧客に健康的な食生活を提供する」だそうです。ビジョナリー・カンパニーです。

 「ダッバーワーラー」の就業規則は、「仕事中の飲酒/喫煙禁止」、「仕事中は白い制帽をかぶること」、「IDカードを着用すること」、「休むときは事前に連絡すること」の5つだけだそうです。 縛られない働きやすい環境と言えます。

 「ダッバーワーラー」の30人のグループ毎に5人の"余裕"を確保していて、急な病欠などに対応できるようにしているそうです。これも働きやすい環境を作っています。

 人のパフォーマンスが"命"のこのプロセス、パフォーマンス発揮のために必要なノウハウがしっかり詰められている気がします。

 何遍も言いますが、人間はやはりすごいです。

執筆者プロフィール

永倉 正洋

技術士(電気・電子部門)
株式会社 日立アカデミー
主幹コーディネータ
一般社団法人 人材育成と教育サービス協議会(JAMOTE)理事

日立製作所でシステムエンジニアリングの経験を経て、2009年に日立インフォメーションアカデミー(現:日立アカデミー)に移る。企画本部長兼研究開発センタ長としてIT人財育成に関する業務に従事。2011年以降、主幹コーディネータとしてIT人財に求められる意識・スキル・コンピテンシーの変化を踏まえた「人財育成のための立体的施策」立案と、 組織・事業ビジョンの浸透、意識や意欲の醸成などの講演・研修の開発・実施を担当している。

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