-異業種交流が拓くIT人財の可能性-
2014年5月26日'ひと'とITのコラム
これまでITとビジネスの融合、また、そのなかでIT人財が持つべき視点や求められているものについてお話ししてきましたが、今回は、異業種に学ぶことでイノベーションが生まれた...そんな実例を交えながら、IT人財の新たな役割の可能性についてお話しします。
前回のコラム(第4回)で『プロセス(ビジネスプロセス/業務プロセス)はITに置き換わり、業務プロセスやそれに関連する情報を日々きちんと把握出来るのは"IT眼鏡"を持つIT部門しかいない状況になってしまっている・・・』 と書きました。このことが示唆するIT人財のもう一つの新たな役割の可能性について触れたいと思います。
「かんばん方式」が強みを支えているトヨタ自動車。そのトヨタ自動車が自動車製造事業で培った生産管理手法や工程改善ノウハウを農業分野に応用し、農業の生産性向上をめざした「豊作計画」というIT管理システムを開発しています。元々はディーラ業務をクラウドで最適管理する「ディーラ向け顧客連携ツール e-CRB」を農業用に転用したものです。今年の4月から農林水産省の「農業界と経済界の連携による先端モデル農業確立実証事業」に採択されて、愛知県や石川県の米生産農業法人9社に提供されています。農家毎に分断されている農地を集約的に管理して農作業の効率化を目的として、過去2年間の試行で作業工数の削減や資材費の削減などの成果が認められています。(名古屋のケースでは約800農家が参画し水田約2,000枚を対象として運用)
1970年から1980年代、経営戦略として生み出された手法に「ベンチマーキング」の活用による体系的な業務改善があります。ゼロックスはアウトドア用品通販L・L・ビーンに学び、倉庫業務で在庫200万ドル分の削減などの成果を上げました。さらに請求業務をアメリカン・エキスプレスに学び、顧客満足度向上や間接費/調達費削減などに成功しました。また、ローコストキャリアの先駆者であるサウスウエスト航空は、自動車レースのインディ500から学び、航空機の折り返しの駐機時間を当時当然であった45分を15分に短縮することで1便当たり約30%のコストダウンを実現しています。
これら二つの事例は共に異業種のプロセスに着眼したイノベーション創出です。そこには異業種のプロセスが創る価値の本質と可用性を見抜き、自らの事業領域のプロセスとしての活用可能性を洞察することが求められます。昔、プロセスが規則や手順書による人の行動で把握していた頃は、そのプロセスが持つ本質を異業種の人が見抜くことは難しかったといえます。現在、プロセスがITで置き換わっていますから"IT眼鏡"を介することにより、プロセスの本質と可用性を見ることが容易になってきています。ここにIT人財の新たな役割の可能性が出現したのです。
2012年9月14日に「新たなIT活用時代におけるIT人材の人材像はどのようなもので、その育成はどのようにあるべきか」についての検討結果が「産業構造審議会情報経済分科会人財育成WG報告書」*1としてまとめられています。これを受けて、特定非営利活動法人ITコーディネータ協会(ITCA)が2014年3月25日、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)と共同で、「IT融合人財育成連絡会」における成果物として最終報告書*2を公表しました。この中で IT融合人材を「ITとビジネスを融合させ、顧客や社会に新たな価値を生み出し、改善から革新的な変革までを含む幅広いイノベーションを創出する人材」と定義し、具体的な育成と組織のあり方をまとめています。この動きもIT人財の新たな役割を示しています。
では、この面でのIT人財の育成はどうすればよいのか・・・
これからさまざまな育成手段が創出されていくことになりますが、特にいま必要な要素は
①「IT活用」視点の経験
②異業種を知るマインドの醸成
なのではないでしょうか。
3年前より日立ITユーザ会*3の中国支部でITユーザ会会員企業のIT部門の方々を対象とした異業種交流研修を行っています。ワークショップ主体で約2ヶ月半議論などを重ねます。ITの知識や技術の"習"得ではなく、IT活用力の"修"得を目的としています。「ITを活用したビジネスモデルを考える」ことをテーマとし、ITシステムやサービスの中身の検討を主体とするのではなく、IT活用という外側からITを見る経験と、ビジネスそのものを考えるという視点の広がりを実感してもらいます。会社や業種で異なるものの見方、考え方、常識の違いなど視野の広がりや気づきのポイントが多くあるようで、受講後のアンケートなどでもこの面が大きな収穫として挙げられています。IT人財だけでなくユーザ系人財との交流も含め多種多様な"協働の場"は、現状求められるIT活用力修得だけでなく時間がかかる新たな役割を担う人財の"素"の育成につながるのではないかと考えます。
「アイデアのつくり方」の著者であるジェームス・W・ヤングは、『アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない』と書いています。今後、IT人財の役割が拡大する中で、「脳のコンピュータ」でしか創出できない「発想力」と「創造力」をいかに身につけていくのか・・・ IT人財の多様化は止まることを知りません。
*1「産業構造審議会情報経済分科会人財育成WG報告書」(外部リンク PDFファイル 1,064kバイト)
*2「IT融合による価値創造に向けて ~IT融合人材の育成と組織能力の向上~」(外部リンク PDFファイル 2,721kバイト)
技術士(電気・電子部門)
株式会社 日立アカデミー
主幹コーディネータ
一般社団法人 人材育成と教育サービス協議会(JAMOTE)理事
日立製作所でシステムエンジニアリングの経験を経て、2009年に日立インフォメーションアカデミー(現:日立アカデミー)に移る。企画本部長兼研究開発センタ長としてIT人財育成に関する業務に従事。2011年以降、主幹コーディネータとしてIT人財に求められる意識・スキル・コンピテンシーの変化を踏まえた「人財育成のための立体的施策」立案と、 組織・事業ビジョンの浸透、意識や意欲の醸成などの講演・研修の開発・実施を担当している。
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