- もしかしたら 日本でDXがなかなか進まない理由 -
2021年1月26日'ひと'とITのコラム
SNSやネットショッピング、ネットバンキング、オンラインイベント、オンライン授業、・・・・と今やインターネットの利用は日常茶飯事です。オンラインでできることは日に日に増えています。今年の9月1日に政府のデジタル庁が設置されればさらに社会のデジタル化は進み、私たちの生活はまた一段変わりそうです。
さて、この加速する変化に直面し、今回のコラム「社会の豊かさは、ITリテラシー向上のジャマをする!」とは・・・
どうぞお楽しみください。
(コラム担当記)
年が明けました。が、暦とは関係がないコロナ禍での自粛モードだったので、あまり年を越したという実感がありませんでした。私は毎年末に高校時代の友人たちと餅つきをするのが恒例行事だったのですが、今回は全員「前期高齢者」ということもあり中止としました。やはり年を越すという気持ちの"深み"が浅く、「節目」という感覚はどこかに消えてしまいました。そういえば富士山・・・、12月中旬を過ぎても頭が白い富士山ではありませんでした。冬らしくない姿でしたが、年末にようやく冠雪。年明け直前にきっちり合わせてくるのはさすが富士山、という感じです。
2021年1月15日(金)の朝日新聞朝刊(14版)に「この声、届いていますか -コロナ禍と政治-」という欄で、『行政サービスもスマートフォン一つで』という政府の方針に対し、「取り残される人はいないのか」という問題提起がなされていました。そこで問われていたのが、以前から言われていたことですが高齢者のITリテラシー不足です。特にコロナ禍でリスクが高い高齢者こそ、行政サービスを外出しないで受けられることのメリットは計り知れません。さらにこの記事では、70代の主婦がスマホでクーポンを利用できないと「自分が損をしている」と感じてはいるが、スマホを使う自信はないとのジレンマを感じているという例も取り上げられていました。
では、高齢者のITリテラシーの状況はどうなのか? 総務省の「情報通信白書(平成30年)」から推測してみます。
上の図は「年代毎のインターネット利用者の割合」と「接続端末の種類」の調査結果です。インターネット利用者数は、60歳以上の各年代層も2008年→2017年の約10年でかなり増加したように見えます。「60~69歳」では51.5%→73.9%、「70~79歳」では27.7%→46.7%のように単年度では確かに増加しています。しかし一人ひとりを追ってみると別の姿が見えます。10年経つということは図中に矢印で示しましたが、2017年の60~69歳の人は、2008年には50~59歳の層にいたというように一つ前の"年代層"にいた可能性が高いわけで、2017年の各年代で使い始めた人が増えているわけではありません。逆に2017年「60~69歳」が73.9%に対し2008年「50~59歳」は82.2%でしたから約10%減少、同じように2017年「70~79歳」は51.5%→46.7%と約5%減少となっています。他の年代層の推移は増加または横ばいですので、60歳以上でネット利用をやめる人がある程度の比率で存在しています。会社の業務では使ったけれど生活では使わないという高齢者がいることをうかがわせます。また、「接続端末の種類」を併せて見てみると、意外に高齢者でパソコンの比率が高いように感じます。ただ顕著なのは特に70歳以上で携帯電話の比率が他の年代層と比べて圧倒的に高いという特徴が見られます。スマホではなく携帯電話というのは、ある程度想定範囲かもしれません。これからの時代、社会全体を見渡すと、特に生活シーンでさまざまなITの恩恵を享受するためのキーデバイスはやはりスマホでしょう。これは使い勝手もそうですが、サービスを提供する側もスマホのプラットフォームを活用できる方が得策で、この傾向はしばらく続くでしょう。そうなると、少なくとも日本の社会で「情報通信白書」のデータが写し出していることは、「高齢者(だけではありませんが)がITによる行政サービスをはじめとした社会革新から取り残される」という姿です。
ではなぜ日本は、高齢者のITリテラシーが低いままで推移してきたのでしょうか?
この問いに対する仮説を考えるために、少し話を変えます。
「後発性の利益」「飛び越え型発展」という言葉、聞いたことがあるでしょうか?これはITだけのことではないのですが、先進国が歩んできた道筋を必ずしも新興国(発展途上国)も同じように歩むとは限らないということです。典型的な事例としてよく紹介されるのが「電話」です。下の図は、日本とインドの固定電話と携帯電話の 人口100人当たりの普及率の経年変化です。日本は固定電話がある程度普及した後に携帯電話が普及しています(2000年が逆転の年)。 しかしインドは、2006年頃に携帯電話が立ち上がっていますが、この時固定電話の普及率は3.50%です。 ちなみに最も高かったのは2005年の4.37%でした。一目瞭然ですね。日本では、まずコミュニケーションの"当たり前の手段"として固定電話が普及・定着しました。次に携帯電話は、固定電話時代の「電話を使える場所が限られる」といった"足枷"を外すことが出来る"便利な手段"として広まりましたから、固定電話の普及→携帯電話の普及という構図は当たり前です。見方を変えると、携帯電話を支える技術革新と普及が、固定電話の普及・定着が生み出したとも言えます。しかし、インドでは何が起きたのでしょうか。新興国では、既に先進国の市場ニーズのタイミングで開発されて普及している技術やサービスの存在下で、新しいサービスの導入が進むということです。しかも電話の場合、固定電話を普及させる投資(コスト)は膨大です。特に「ラスト・ワン・マイル」と呼ばれる戸口までの配線コストは馬鹿になりません。しかし、携帯電話はアンテナへの投資は必要ですが、「ラスト・ワン・マイル」の投資(コスト)は必要なくなります。これが分かっていて携帯電話の導入が技術的にも事業的にも可能であるのであれば、固定電話を普及させようなどとは誰も考えません。つまり、日本での固定電話の役割が、インドでは携帯電話ということなのです。新興国では、先進国の進化の過程で不要なものは飛び越して発展出来るという、後発者の利益を享受できる優位性が存在します。
さらにインドの話です。日本では昨年コロナ禍での国の支援金の支給が遅々として進まなかったことに端を発して「デジタル行政の遅れ」という問題がクローズアップされました(先の朝日新聞の記事もそのひとつ)。その中でも「マイナンバーカードの普及遅れ」といったことも注目されました。2020年12月1日時点でのマイナンバーカードの交付枚数は29,341,772枚で、全人口の23.1%の交付枚数率です。(ちょっと余談ですが、2019年3月1日時点では19,730,752枚で15.5%でしたから、昨年春の10万円の給付金騒動と夏のマイナポイントの効果は大きかったようです。また、交付数が最も高い年代は、なんと70~74歳で年代人口比率30.7%、全体の9.2%を占めています。2番目は80~84歳で年代人口比率29.4%、全体の5.3%に達しています。ちょっと意外です・・・。)国民一人ひとりを識別するものとして、インドでは「アダール/アドハー」という生体認証IDが普及しています。この登録者数はというと、2019年12月時点で12億5000万人以上、成人では人口比95%が登録済みと言われています。このアダールIDは、貧困層への補助金の直接給付といった社会保障などの行政サービスだけでなく、銀行や学校、流通などの民間サービス、SNSなどのコミュニケーションなどで広く活用されているようです。少なくともここの部分だけで見ると、日本よりは格段に進んでいると言えます。番号だけで構成されているマイナンバーカードですら多くの人が抵抗感を持つ日本で、指紋や顔写真、虹彩を含む生体認証の登録を普及させることは至難の業、というか不可能に近いと思います。しかし、インドでは成人の95%が登録しています。日本とは何かが違うということです。政治体制、宗教、文化、国民性・・・これらの違いも当然色々な形で影響しますが、アフリカなどインド以外の新興国でも似たようなことが起きていることを考えると、別の大きな要因がある気がします。
先ほど電話の例で「後発性の利益」について書きましたが、そこで「日本での固定電話の役割が、インドでは携帯電話ということ」と述べました。ここに違いがあるのではないかと思っています。日本では昭和の高度成長期に固定電話が普及し、多くの人がその恩恵を受けました。今、70歳前後以上の人は、まさに電話が無い生活と電話を使える生活の両方を経験していて、固定電話の有り難みを実感している世代です。固定電話によりコミュニケーションの効果が飛躍的に高まりました。固定電話があれば、"豊かな生活"を送ることが充分に可能です。そこに場所にとらわれずにコミュニケーションが取れる携帯電話のサービスが出現しても、「必需品」ではなく「贅沢品」に感じる人も多いでしょう。追加で使用料金を払ってまで使おうとはしません。高度成長期以前、都会に行くことがままならず、多くの人が欲しいものを手に入れることが難しい我慢の時代だったものが、"豊かな社会"の実現で、交通機関が発達し都会に簡単に出られるようになりました。流通が発達したおかげで地方にも大きな店舗が出来ました。多くの人がすぐに欲しいものが買えるという恩恵を受けられるようになりました。この「豊かな生活」への変化を経験している人にとっては、ネットでものが買えることは、「必需」ではなく「贅沢」でしょう。新興国ではどうでしょう。交通も流通も必ずしも誰もが簡単に利用できるサービス価値とは言えない中で、ネットショッピングは「必需」でしょう。さらに、ネットの利用は必ずしも安全ではないという不安がベースにありますから、個人認証 しかもアダールIDのような生体認証の確実性もやはり「必需」です。インドの中でITプラットフォームは、日本ではIT活用が始まる前に実現した「当たり前の価値」を手に入れる「必需」ですから、自然に多くの人のITリテラシーが高まることになります。
社会が豊かになってからIT活用が活用・浸透し始めると、「贅沢品」としての普及・浸透の"流れ"になるので、今回のコロナ禍のようにベースの社会環境そのものが変化してIT活用の価値が「贅沢」ではなく「必需」に変わっても、その"流れ"は急には変えられないのでしょう。先進国の弱点なのかもしれません。
ここまで社会全体の話として書いてきましたが、全く同じことが企業などの組織体の中で起きている気がします。昨年春、「国民一人につき一律10万円給付」の時に、各自治体が人海戦術を採らざるを得なくなったことが話題となりました。IT活用の行政システムの多くが、過去から遂行していた業務プロセスをそのまま人手からITシステム化する「省力化・効率化という改善の"流れ"」で進化してきました。すると、今回のような不連続な(突発的な、今までとは違った)業務プロセスそのものを柔軟に変化させる必要がある場合の対応は、いくらIT化が進んでいたとしても難しかっただろうと思います。多くの組織の中でIT活用の進化はやはり「改善・改良」が目的でした。すなわち手作業の業務プロセスがITシステムに「置き換わる」ことで、人手の業務遂行時代の課題が解決された豊かな業務環境が構築されてきました。この既知の課題の解決の仕方が「IT化」→「デジタライゼーション」すなわちITの「部分最適としての活用」から「組織全体最適の活用」へと進化してきました。そして今多くの組織が未知の課題を解決することを求められています。「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が叫ばれる所以です。ところが「DXがなかなか浸透しない」「従業員のDX推進のマインド醸成が進まない」という話しも多く聞かれます。実際に現場で業務を遂行する人のマインドがなければDXは成り立ちません。しかし日本では1980年後半からIT活用の省力化・効率化は、小集団活動などをみても多くの人がマインドを持って進めて来れたのも事実です。何が違うのか?業務のITシステム化が一巡したことで、業務環境がそこそこ"豊か"になったということです。従来はITシステム化の推進は「必需」と多くの人が実感できたのが、今の"豊か"な現場では、更なるIT活用は「贅沢」という感覚になっているのかもしれません。そうだとすると、組織の中でDX推進のマインド醸成を進めるためには、この「贅沢感」を「必需感」に変えることが必要となります。このためには、DX推進を業務プロセスの視点からいかに分離するかが問われます。
私はよく研修で「ITの役割は"道具"ではなく"パートナー"に変わった」と伝えています。生活シーンで若い人達にとってスマホは"道具"ではなく"コミュニケーションパートナー"という感覚でしょう。彼らにとってスマホは「贅沢品」ではなく「必需品」です。技術の浸透速度が速いITに対する感覚は、世代間で大きく異なっています。社会の中でも組織の中でも、IT活用・浸透の段階により生じた世代間の感覚の違いを、うまく利用することも必要なのかもしれません。いずれにせよ、この先ITを人類が巧みに使い熟すためには、「技術革新」だけではなく「活用革新」すなわち「感覚や意識も含めた活用力の進化」にも目を向けることが大切であることは間違いないと思います。
前段で取り上げた朝日新聞の記事の中にもこんな記述がありました。
「デジタル庁にはエンドユーザ事業部が必要だ」。
その通りだと思います。
技術士(電気・電子部門)
永倉正洋 技術士事務所 代表
一般社団法人 人材育成と教育サービス協議会(JAMOTE)理事
Mail:masahiro.nagakura@naga-pe.com
1980年 日立製作所入社。
システム事業部(当時)で電力情報、通信監視、鉄道、地域活性化などのシステムエンジニアリングに取り組む。
2003年 情報・通信グループ アウトソーシング事業部情報ユーティリティセンタ(当時)センタ長として、情報ユーティリティ型ビジネスモデル立案などを推進。
2004年 uVALUE推進室(当時)室長として、情報・通信グループ事業コンセプトuVALUEを推進。
2006年 uVALUE・コミュニケーション本部(当時)本部長としてuVALUEの推進と広報/宣伝などを軸とした統合コミュニケーション戦略の立案と推進に従事。
2009年 日立インフォメーションアカデミー(当時)に移り、主幹兼研究開発センタ長としてIT人財育成に関する業務に従事。
2010年 企画本部長兼研究開発センタ長として、人財育成事業運営の企画に従事。
2011年 主幹コーディネータとしてIT人財に求められる意識・スキル・コンピテンシーの変化を踏まえた「人財育成のための立体的施策」立案と、 組織・事業ビジョンの浸透、意識や意欲の醸成などの講演・研修の開発・実施に従事。
2020年 日立アカデミーを退社。
永倉正洋技術士事務所を設立し、情報通信技術に関する支援・伝承などに取り組む。日立アカデミーの研修講師などを通じて、特に意識醸成、意識改革、行動変容などの人財育成に関する立体的施策の立案と実践に力点を置いて推進中。
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