-ITが変える「時間軸」-
2015年09月30日'ひと'とITのコラム
一次元は点、二次元は平面、三次元は空間です。そこに時間という軸をくわえることによって、空間に過去から未来に向かう流れが生じました。そこに新たにITという要素が加わると・・・
2015年9月23日に京都で行われたマスターズ陸上記録会に出場した105歳の宮崎秀吉さんが、100m走で42秒22の世界記録を樹立したことが話題となりました。105歳でです! 理屈抜きにすごいと思います。この話題に触れて気になったことがあります。それは「時間」というものとの付き合い方が変わってきているということです。
男子100m走の公認世界記録をあらためて見てみると、1912年のストックホルムオリンピックの男子100m走予選において、ドナルド・リッピンコット(アメリカ)が記録した10秒6、これが国際陸連(IAAF)が初めて公認した世界記録です。現在は2009年8月16日、ベルリンで行われた世界選手権でウサイン・ボルトが出した9秒58です。 1年で0.01秒、1日で0.000028秒の短縮です。
記録の更新はすごいことですが私が気になったのは"記録の表示"、すなわち1912年の10秒6と2009年の9秒58、105歳世界新の42秒22、秒未満の表示桁数の違いです。一桁と二桁の違い、ご存じの方も多いとは思いますがこの違いは手動計時と電動計時の違いです。手動計時は1/10秒刻みのストップウォッチを3人の計測員が使用するといった細かなルールによって運用されていました。アナログであるストップウォッチの表示限界から一桁だったわけです。世界的に100m走の電動計時が始まったのは、1964年の東京オリンピックからです。当初は手動計時と電動計時とが併用され、両方の記録が公認されていましたが、電動計時が普及したことにより、1977年1月からは電動計時の記録のみが国際陸連の公認となりました。電動計時、すなわちデジタルの普及です(デジタルの活用が東京オリンピックからだというものも、ある意味日本を象徴しているようにも感じます)。ちなみに"追い風"1m/sで0.05~0.06秒の短縮と言われ手動計時では潜在的な数値ですが、電動計時では記録数値に顕在化するということです。 この手動計時から電動計時への変化は、実生活ではまず意識することがない1/100秒の世界を身近にしました。
最新の証券取引所で考慮されている重要な特徴のひとつがネットワークの配線の"長さ"です。最近の証券取引はITの環境が当たり前です。他よりいかに早く(速く)売買データをインプットするか。複数の取引希望者が"全く同時"にインプットした場合、取引所のコンピュータが受け付ける順番はn秒のレベルの差が反映される可能性があるということです。では、"全く同時"にインプットされた場合、コンピュータへの到達時間はどうなるのか?大雑把に言うと光が1m進むのに3.3n秒かかります。100m違えば330n秒(0.33μ秒)の差が生じることとなります。つまり、証券取引所の部屋ごとにネットワーク配線の長さが異なれば不公平が生じることとなります。部屋のロケーションの違いにかかわらず配線の長さを同じにすることは大切なことなのです。この理屈だと、度々ニュースとなる人気列車の"プラチナチケット"の予約。最近では「トワイライトエクスプレス」や「北斗星」の最終列車が話題となりましたが、来年は「カシオペア」の最終列車のチケットが瞬時に満席となることが予想されます。最近は発売時刻直前に必要データを「みどりの窓口」の係の方がインプットしておき、時刻になった瞬間に「送信」するようです。それでも取れるかどうかは「神頼み」。この「神頼み」の中身を考えると、人間の反応速度は130mm秒と言われています。先ほどのネットワーク配線を考えると、「みどりの窓口」は全国に存在しているわけで各端末からセンターのコンピュータまでの配線距離は1000km単位で違いがある可能性がありますので、理論上は1000kmで3,300,000n秒(3,300μ秒、3.3mm秒)差が出ることになります。実は、予約が取りやすい窓口が存在しているのかもしれません(実際は人間の反応速度130mm秒が大きく影響するのですが・・・)。
少し前に「ゾウの時間 ネズミの時間」という本が話題となりました。この中で印象に残ったのが「生物の生涯鼓動数は20億回で不変」「寿命の違いで鼓動の密度が違う」ということです。
ヒトは、生物としての「時間軸」を持っている訳ですが、生活としての「時間軸」は「暑い地域の方がゆったりと時間が流れる」などと言われるように、さまざまの要因で異なっています。社会の豊かさの発展で「時間軸」は変わってきました。特に経済活動では時間の正確さとスピードが重要となりました。ここでいうスピードは、速いという側面だけではなく密度という側面が強いように思います。 ここにITの浸透→ITと社会の融合により、先に書いたようなヒトのレベルでは身近でなかった単位まで意識しなければならない時代を迎えています。
では、社会の進展とIT環境の融合で「時間軸」がすべて細かくなったかというと必ずしもそうではありません。以前のコラムでも触れましたが、待ち合わせ時間の設定など我々の日常では携帯電話の普及で時間感覚が大まかになってきた側面もあります。また、時間に追い立てまくられる日々が当たり前になると、ゆったりと流れる時間の中で過ごすということが大いなる贅沢となりました。
今回のコラムは結論や"オチ"はありません。
時刻・時間の役割や密度の変化、それによるヒトの感性の変化・・・ITが及ぼす影響は、我々の生きていく軸の重要な一要素である「時間」に及んでいます。ITからの直接的な影響よりもITが影響を与えている「時間」の変化からの影響が、今後ますます大きくなっていくことも気づかなければならないことなのでしょう。
技術士(電気・電子部門)
株式会社 日立アカデミー
主幹コーディネータ
一般社団法人 人材育成と教育サービス協議会(JAMOTE)理事
日立製作所でシステムエンジニアリングの経験を経て、2009年に日立インフォメーションアカデミー(現:日立アカデミー)に移る。企画本部長兼研究開発センタ長としてIT人財育成に関する業務に従事。2011年以降、主幹コーディネータとしてIT人財に求められる意識・スキル・コンピテンシーの変化を踏まえた「人財育成のための立体的施策」立案と、 組織・事業ビジョンの浸透、意識や意欲の醸成などの講演・研修の開発・実施を担当している。
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