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株式会社 日立アカデミー人財育成ソリューション

デジタル・トランスフォーメーションって何もの?

- 言葉から気づく・言葉から学ぶ -

2019年5月29日

永倉 正洋技術士(電気・電子部門)

"デジタル・トランスフォーメーション"。昨今、その言葉を見聞きする機会が増えてきました。2018年12月に経済産業省からはデジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドラインが取りまとめられたこともありますし、多くの企業や団体ではその推進に躍起になっています。
当社においても、デジタルトランスフォーメーションの推進に関わる"ひと"の育成という面で、お客さまを支援することに取り組んでいます。
さて、今回のコラムは、"デジタル・トランスフォーメーション"とはそもそも何なのか。その言葉の定義に立ちかえり、今、現実社会で起こっていることを照らし合わせ考察します。
(コラム担当記)

 第25回のコラム(2016年11月)で 『言葉は混乱の種-"ソリューション"、"IoT"を例に-』と題して言葉の難しさに触れました。2年半経ちましたが、やはり新しい言葉が社会という大海原でうねっています。私の中で最近のうねりの代表格は「デジタルトランスフォーメーション(DX)」です。一体何ものなのでしょうか?

 第25回のコラムのIoTと同じように、DXは最近生まれた言葉ではありません。15年前の2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念として提唱したと言われています。対象が「人々の生活」すなわちQoL(Quality of Life)レベルだということです。さらにトランスフォーメーション、広辞苑(第七版)では『トランスフォーメーション【transformation】①変形。変質。転換。②〔生〕形質転換に同じ。』とあります。すなわち「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させるの"変化"は"Improvement"(「改善」「改良」)ではなく「変形」「変質」「転換」という根本的なレベルを対象としている言葉です。すなわち、利便性向上や効率向上は「より良い生活の実現の一部に過ぎず、生活スタイルだけでなく生活観や人生観の変化までも含んだ「大きな概念」です。

 最近のDXの定義を見てみましょう。昨年の9月に公表された経済産業省の「DXレポート」でDXの定義として引用されたIDC Japan株式会社の定義は、『企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること』とあります。第3のプラットフォームという今時のITトレンドを踏まえていますが、「組織、文化、従業員の変革による顧客エクスペリエンスの変革」という企業のあり方まで含めた「大きな概念」であることは変わりません。

 さて、ここまでDXは「大きな概念」であると繰り返してきました。なぜ、「大きな概念」にこだわっているのか・・・
 ここで二つの話をします。


 経営・ビジネスでのIT活用についてはこのコラムでも何回か触れてきましたが、1980年代前半から40年弱の短期間で飛躍的な進化を遂げてきました。そしていまIT活用には、省力化・効率化・利便性向上という期待に応えてきた歴史と、経営・ビジネス上のイノベーティブな価値を創出するという期待に応えようとする現実が同居しています。さらに、これまでのIT活用の進化・浸透は、"明"の部分だけでなく"暗"の部分も生み出してきました。典型的な事象として感じるのは「人だけでは為し得ない価値の創出」という"明"の要素と、「経営・ビジネスの柔軟性を失った」という"暗"の要素です。いまの時代、企業が大きな変革を遂げようとすると、最も大きなボトルネックが"ITシステムの存在"であるという現実、想定外の状況といっても過言ではないと思います。なぜ想定外となったのか?「想定する必要がなかった」と言ってしまえば身も蓋もないのですが、「IT活用の期待が省力化・効率化・利便性向上にあったから想定しなくても良かった」ということです。省力化・効率化・利便性向上をめざすということは、基本的に「既存業務の改善」です。個別最適です。経営やビジネスのあり方まで変える意図はほとんどの場合ありませんでした。多くの場合、それまでの経営・ビジネスのあり方をもっと高みに持っていくことが目的です。しかし、ITの副作用が経営・ビジネスに思わぬ影響を与え始めました。IT活用による個別最適が企業活動の基盤になると、ITシステムの持つ硬直性が企業活動の硬直性となり、経営・ビジネスの柔軟性を奪いました。IT活用が企業のあり方に影響を与えているということです。「個別最適ではなく全体最適で考える」とよく言われてきましたが、経営・ビジネスとITを考えるためにはこれだけでは足りません。「全体最適の"全体"そのものを考える」ことが必要になったのだと思います。「ITの導入が企業のあり方を変えてしまうからITを導入しない」という例があります。1980年代後半、FA(Factory Automation)がブームになったときに、当然FAを真っ先に導入すると思われた多品種中量生産の製造業の企業が導入せずに多くのパートの従業員をラインに配置して製造し続けました。この企業の社長のコメントは「うちの会社は多品種で常に新しいものを世に出さなければならない。すなわち製造ラインはフレキシブルでなければならない。最もフレキシビリティに長けているのは人間である。」というものでした。


 もう一つ、非接触型乗車券の話を書きます。
 多くの人が当たり前のように使っている非接触型乗車券、実は微妙に法律との整合が難しかったことはご存じでしょうか?(当然、今は整合が取れているので普及しているのですが・・・)
 われわれが鉄道を利用する時には"乗車券"を買いますね。当たり前のことですが、この乗車券の法的根拠がいつ決められたのか、というと明治33年です。


 明治三十三年法律第六十五号  鉄道営業法

  • 第十五条 旅客ハ営業上別段ノ定アル場合ノ外運賃ヲ支払ヒ乗車券ヲ受クルニ非サレハ乗車スルコトヲ得ス

 これがおおもとです。さらに昭和十七年鉄道省令第三号 鉄道運輸規程には、

  • 第十二条 乗車券ニハ通用区間、通用期間、運賃額及発行ノ日附ヲ記載スルコトヲ要ス但シ特別ノ事由アル場合ハ之ヲ省略スルコトヲ得

 とあります。
 このふたつから読み取れることは、乗車券の購入(運賃の支払い)とは、「乗車する前に目的地を定め、その目的地までの運賃を事前に払い、その証である乗車券には通用区間、通用期間、運賃額、発行日附が記載されている」ということになります(これは、明治時代は、運賃の支払いが、列車に乗る"権利"を購入しているという考え方で法令化されたからと聞いたことがあります)。どうでしょう? 非接触型乗車券の利用イメージは、乗車区間に応じた後払い、乗車券は存在しない、ではないでしょうか。すなわちIT活用により運賃(乗車券)の概念が大きく変わりました。しかし「法律を変える≒運賃(乗車券)の概念を変える」までは行いませんでした。このため実体とは異なり、非接触型乗車券の導入は従来の(法律で定められた)運賃(乗車券)の利便性向上という存在のままなのです。


 これら二つの話、IT活用を進化させるためには「大きな概念」が重要であることを示唆しています。

 企業でのIT活用は、個別最適による「既存業務の改善」でしたから企業のあり方までは変えるつもりはありませんでした。非接触型乗車券は、乗車券に関わる利便性向上、効率化でしたから、法令で定められた乗車券のあり方までは変えるつもりはありませんでした。
 当時はこれで良かったのです。これらは言わば、デジタイゼーションからデジタライゼーションというIT主体で考える範疇とも言えます。企業のあり方や乗車券のあり方を考えるとしたら、ITは主体ではなくなります。一つ目の話でのFAを導入しなかった製造会社の社長はどう考えたのか?恐らく「ITを導入すると、自社の経営の中核(企業のあり方)である"柔軟性ある製造"を変えることになってしまう」だったのでしょう。IT活用により企業そのものが変わってしまうという次元での判断です。この次元がDXなのではないでしょうか。交通関連でIT活用のシーンが増えているいま、運賃(乗車券)だけでなく有料道路電子料金収受システム(ETC:Electronic Toll Collection System)なども含めた運賃のあり方を変えることによる新しい価値創造をめざす次元がDXなのではないでしょうか。

 もうひとつ思いついた話・・・

 「スマホを小学生に持たせても良いのか?」「スマホを何歳ぐらいから持たせるべきか?」 という議論があります。この議論が生まれる原点は「小学生でもスマホを持つと安全・安心につながる」という"明"の要因と「親が掌握出来ない危険性がある」という"暗"の要因の葛藤です。この葛藤はITの浸透次元の議論すなわちデジタライゼーションレベルの議論です。子どもが否応なしにITに触れ、ITが当たり前の時代で成長して大人になる。どのような大人になるのか(どのような大人にしたいのか)をまず考え、子どもの成長も含めた社会での教育のあり方を考え、どのように教育体系(教育基本法)にして、ITの進化でそれをどのように変えるべきか、を考えるのがDX。それをもとにスマホを与えるかどうかを考えるということになります。「スマホをどうするか」だけを考えて実現するのはデジタライゼーション。DXを実現するために必要となる知見は、ITだけでなく教育論、社会論、児童心理学、倫理論、文化論など幅広いものになります。


 今の時代、「既存業務の改善」という企業のあり方の変化を伴わないIT活用(デジタライゼーション)はほとんど行き渡りました。今、多くの企業は「既存業務の改善」だけでは勝ち抜けなくなっているので、企業のあり方まで含めた「大きな概念」で考えるざるを得なくなっています。第28回のコラム(2017年11月)「アウトカムとアウトプット」でアウトプットがデジタイゼーション、アウトカムがデジタライゼーションに相当すると書きました。DXはさらに大きい「企業や社会のあり方をITでどう変えるのか(もしくは変えないのか) という概念と見ることも可能でしょう。DXを考え、IoTやビッグデータ、AIを駆使するデジタライゼーションを考えることが求められる時代を迎えていることは確かです。


 DXやデジタライゼーション、デジタル化、IT化など乱立している言葉を感覚で理解し受け流すことも可能ですが、一旦立ち止まり、言葉の整理から実体の構造をきちんと俯瞰してこの先求められるものを考えることも、言葉の旬が短くなった時代だからこそ大切なのではないでしょうか。


 鉄道運輸規程に触れたので、最後に蛇足話を。
 昨年ある鉄道会社のホームページで謝罪文が掲載されました。ある駅で時刻表掲載の発車時刻より20数秒早く出発してしまったことに対する謝罪です。このときに乗り遅れた人がいたわけでもありません。この話題がネットで広まると、「日本はここまで時間に正確な国なのかということで海外の方が話題となりました。私もやり過ぎではないかと思ったのですが、実は多くの鉄道会社でも同じことで謝罪文が出たことがありました。なぜ謝罪なのか?「早く出発してご迷惑をおかけしました」ではなく(これもあるかも知れませんが)「法律違反をしてしまい申し訳ありませんでした」なのです。先ほどの鉄道運輸規程では、


  •  第八条 鉄道ハ停車場ニ当該停車場ヨリノ旅客運賃表及当該停車場ニ於ケル旅客列車ノ出発時刻表ノ摘要ヲ掲示スベシ
  •  第二十二条 鉄道ハ時刻表ニ指示シタル列車ヲ其ノ時刻前ニ出発セシムルコトヲ得ズ

 と定められています。「鉄道事業者は、駅に列車の発車時刻を掲示し、その掲示された時刻よりも早く出発させてはならない。」これが法令です。これに反した事に対する謝罪ということです。
 法令文書はおもしろいです。